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【高校野球 新・名将列伝】“野球をなめた天才”の目がさめた瞬間 「俺は何してるんやろ」恥ずかしさで顔から火 (1/2ページ)

★敦賀気比・東哲平監督(2)

 東哲平は1980(昭和55)年7月27日に京都府宇治市に生まれた。小3から野球をはじめ、高校は兄と同じ福井の敦賀気比に野球留学した。

 同期には東出輝裕(現広島コーチ)がいた。二人は2年夏から3季連続で甲子園出場。3年時は、先頭の東出が出塁して主砲の東が長打で還すパターンだった。

 だが、東の高校野球は「手抜きの3年間」だった。当時の監督に「打撃の天才」と褒められてテングに。「練習しなくても打てる」と自主トレをしたことがない。

 「自分のことしか考えない、横着な選手だった。野球が好きなのかどうかも自分ではわからなかった。努力をしない、野球をなめた選手だった」

 それでも、敦賀気比の4番を打った実績から、社会人野球の三菱自動車川崎へ。しかし、ここでも真剣に野球をやる気にはなれず、「肌が合わない」とわずか2年で退社。宇治に帰ることになる。

 故郷で建材運搬などのアルバイトをし、もんもんとした日々を送っていた頃のこと。野球を始めたときの指導者と偶然、町で再会した。てっきり社会人野球で活躍しているものと誇らしく思っていた恩師は驚き、「何してるんや! 野球はどないしたんや?」と声を上げた。

 東はこの時、「本当に、俺は何してるんやろう?」と、恥ずかしさで顔から火が出る思いだったという。

 この再会で目がさめる。すぐに思い出の地である福井へ向かった。母校で後輩たちの練習を手伝っているうち、野球への思いが断ち切れない自分に気が付いた。

 「ここしかなかった。自分ができることは野球しかないと…」

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