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【元巨人 クロマティが斬る】私がやっと巨人軍の一員になった瞬間 イチローは「日本人は今もあなたを愛している」と言った (1/3ページ)

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 外国人が見知らぬ土地で成功を収めるのは、とても難しいことだ。その点で私はイチローに心から同情する。私も巨人時代、同じような重圧を受けた。

 私が入団した1984年に、巨人は創立50周年を迎え、優勝への期待が非常に高かった。この年に監督に就任した王貞治さんと、助っ人である私に対するプレッシャーは尋常ではなかった。

 しかし私は前半、打撃不振に陥り、激しい非難を浴びた。打率は・250を切り、スタンドからは「ヤンキー・ゴーホーム!」の罵声を浴びた。それに比べると、イチローはマリナーズ1年目の2001年、新人王とMVPに輝きチームは116勝。ポストシーズンでヤンキースに敗れたものの、あっという間にメジャーのスターとなった。

 私がチームメートに完全に受け入れられたと感じたのは、しばらく時間がたってからだった。

 1年目は打率・280、35本塁打、93打点。2年目から打率も3割を超えるようになり、次第にチームメートの信頼を勝ちとっていったが、大きなターニングポイントは広島と優勝を争っていた1986年10月のヤクルト戦(神宮)だったと思う。

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