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【江尻良文の快説・怪説】野村克也氏“ヒマワリ”ONとの深い絆… ヤクルト・野村vs巨人・長嶋の遺恨戦はファンへのアピール戦術だった (2/3ページ)

 当時のパは今と違い、人気面ではセに遠く及ばなかった。「いくらオレが打っても、マスコミはONばかり大きく取り上げる」という反骨心から終生、ライバル視して原動力にしたのだ。「王の奴は、オレがようやく本塁打日本新記録を作った(63年に52本塁打)のに、よりによって翌年に55本も打ち、すぐに塗り替えやがって」とボヤいたこともある。

 一方のONは異口同音に野村賛歌。「一番重責のある大変な捕手というポジションで、4番打者としてあれだけの成績を残せるのはノムさんだからこそ。われわれにはできないことだよ」と手放しで絶賛していた。

 「巨人にはあれだけの優れた選手がおるのやから、勝って当たり前や。アリが象を倒すから野球は面白い」。打者としてだけでなく、監督としても打倒ONをエネルギーにしていた野村氏に対し、巨人・長嶋監督は深い理解を示していた。ヤクルト監督時代に散々挑発されたが、こう笑顔で内幕を語っている。

 「巨人戦前になると、ノムさんがオレに対し突っかかった発言をしてくるのは、ヤクルト-巨人戦を何とか盛り上げようという狙いがあるからだ。そんなことはこちらも先刻承知だから、あえてノムさんの挑発に乗ったりしたんだよ」

 野村ヤクルト対長嶋巨人の遺恨戦は、ファンに向けたアピール戦術だったのだ。南海、ヤクルト、阪神、楽天の監督を歴任して、ユニホームを脱いだときにもON絡みの因縁めいた話がある。

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