記事詳細

【藪恵壹 藪から棒球】野村克也さんとの思い出…私の場合は「称賛」と「非難」でした 練習態度で叱られたことも (2/2ページ)

 数試合続けて完投しながら、打線の援護に恵まれず黒星が続いていた時期のこと。福岡でのヤクルト戦で7回途中まで完全試合ペースでも勝てず、「すまんなあ…。ちょっと我慢してくれや」とノムさん流の褒め方で頭を下げられました。

 一方、野村監督最終年の2001年には私の練習態度が気に食わなかったのか、神宮球場で「星野(仙一)のとこにトレードに出すぞ!」と叱られたことも。1対1で会話するのは年に1、2回しかありませんでしたが、とにかくインパクトが強い監督でした。

 3年連続最下位で退任されましたが、次世代の選手を何とか育てようと必死でした。後に20勝をマークした井川慶は野村監督時代にプロ初勝利。藤川球児はクローザーとして芽が出ました。それだけに晩年、阪神時代を「失敗だった」と話す姿には、とても寂しさを覚えました。ノムさんの教えは今も阪神の選手、コーチ陣に生きていると思います。謹んでご冥福をお祈りいたします。

関連ニュース