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江本孟紀氏語る「本当のノムさんは南海だよ。もっと『南海・野村』を球界に認識してもらいたい」 (2/2ページ)

 --星野仙一さんの腹心だった、島野育夫さんも南海の1番打者だった

 「中日も阪神も星野さんが築いたのではなくて、島野さんが野村野球を継承したから。その島野さんを登用した星野さんがエライ」

 --メモリアルギャラリーに名前が入れば、ノムさんも喜ぶ

 「世間は『ヤクルトの野村』からしか知らないので、複雑な思いがある。でも俺の感覚とすれば、監督よりも選手時代が強い。ヤクルト以降のノムさんは作り物。本当のノムさんは南海だよ。もっと『南海・野村』を球界に認識してもらいたいね」

 ■南海メモリアル

 ギャラリーとは2003年10月、南海ホークスの本拠地・大阪球場の跡地に完成した「なんばパークス」(大阪市浪速区)の7階にオープン。07年4月に人通りがほとんどない最上階9階のエレベーターホール横に移転され、展示スペースも縮小された。現在も鶴岡一人監督のジャンパー、杉浦忠監督のユニホームを展示。江本氏の写真は1973年の年表=写真(右)=にあるが、野村氏は優勝した同年や、兼任監督に就任した70年のところにも、写真も名前もない。

 2月11日の訃報にも野村さんの献花台などは置かれず、オールドファンから「寂しい」などの声が挙がっていた。

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