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【西本忠成 トラとら虎】在位わずか1年半だったが… 激動に身を置いた手塚元オーナー

 阪神の元オーナー、手塚昌利さんが4月18日、心不全のため89歳で亡くなった。在任期間は2004年11月から約1年半と、歴代オーナーのなかでも2番目に短いが、球団の元幹部は「本社社長時代の阪神大震災に始まり、激動に身を置いた人」と懐かしむ。

 そういえばオーナー就任からして唐突だった。04年10月、当時の久万オーナー(阪神電鉄会長)が、球界を揺るがせたスカウト活動に伴う裏金問題の責任を取って辞任。代わって手塚さんが会長になり、第7代としてオーナー職を引き継いだ。

 翌年、阪神は岡田監督の下、2年ぶりの優勝を果たすが、その陰で村上世彰氏率いる「村上ファンド」が阪神電鉄株を大量取得し、筆頭株主であることが発覚する。優勝を決める2日前、9月27日のことだった。

 先の元幹部はいまも悔しがる。「その年の夏頃まで450円前後の株価が、僅か2カ月で1200円を超えたのに、本社筋は無防備。村上ファンドの保有株は46パーセントを超え、手塚さんもショックを受けたと思う」

 06年春、村上ファンドは紆余曲折を経て阪神電鉄株を売却。阪急ホールディングス(HD)が合わせて64パーセント強の同株を保有したことから、両社の経営統合が決まり、阪神はライバルの傘下に入ることを余儀なくされる。同年6月、手塚さんは断腸の思いで全ての要職から身を引いた。

 阪神の優勝はこの手塚オーナー時代が最後になる。当時正捕手だった矢野監督は「ビールかけが一番の思い出。天国の手塚さんに良い報告ができるよう全力を尽くす」と、15年ぶりの優勝を誓っている。(スポーツライター・西本忠成)

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