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【水沼貴史 オヤジのためのサッカー塾】とにかくいつも怒っていた… ドゥンガが日本代表に残した「遺産」 (1/2ページ)

 Jリーグの歴代助っ人陣でいつも怒っていた人といえば、ブラジル代表主将で1994年W杯優勝、2度の代表監督のキャリアもあるドゥンガ(56)です。

 敵地のリオデジャネイロで89年7月23日に行われた、日本代表にとって初のブラジル代表戦で直接戦ったときには、申し訳ないけど、さして強烈なイメージはなかったんです。ビスマルク(V川崎など)の方が「やっぱりブラジル代表はうまいな」と思ったものです。この試合でゴールも奪われましたから。

 でも、95年にジュビロ磐田に加わったドゥンガはまるで別人でした。前年のW杯で優勝カップを掲げた、バリバリの現役セレソンがやってきたわけですから。とんでもないオーラでしたね。私が日産時代、同じくブラジル代表主将歴のあるオスカーが加入した際のように、磐田のメンバーも度肝をぬかれたはずです。

 試合中のドゥンガは、とにかくいつも怒っていました。「24時間、私はジュビロに魂を捧げていた」と本人も振り返っています。そうは言ってもね、一緒にやっている選手はおもしろいはずがない。確かにレベルもキャリアも別格ですが、「また、口うるさく言っているよ」と文句にしか思わない。会社の口うるさい上司と同じです。

 しかし、ドゥンガが口やかましく言っていたことが、磐田の「遺産」として根付きました。ドゥンガが来た頃の磐田は名波浩(元磐田監督)、藤田俊哉(現JFA強化委員)、ゴンこと中山雅史(J3沼津)もいた。どのポジションもうまい選手ばかりでしたが、あと一歩勝ちきれなかった。