記事詳細

【今日も一緒にプロレスを楽しみましょう!】アントニオ猪木とマサ斎藤、獣と化した2人の死闘 無観客試合で再評価「昭和の巌流島」 (1/2ページ)

 1987年10月4日、昭和版「巌流島の決闘」で究極の無観客試合。アントニオ猪木とマサ斎藤、獣と化した2人の死闘は2時間5分14秒、ついに決着した。

 魔性のスリーパーで斎藤を失神させた猪木は、ふらふらと「勝者の門」をくぐり、精も根も尽き果てたかのようにバッタリとその場に倒れた。駆け付けた若手選手に両脇を支えられて、猪木は島を後にした。斎藤も何とか意識を取り戻し、去って行った。

 コロナ禍の情勢下、苦肉の策として無観客試合のゴングが鳴らされた2020年になって、再評価されている究極の無観客試合「昭和の巌流島決戦」だが、実現までには様々な思惑が交錯。全く違う一戦となっていたかもしれない。

 巌流島決戦が持ち上がった当初、藤波辰巳(現・辰爾)vs長州力の「復活・名勝負数え唄」が浮上していたのだ。

 1982年10月8日、「俺はお前のかませ犬じゃない」という長州の衝撃的発言から始まったライバル抗争。84年9月に、長州がジャパンプロレスを立ち上げ、馬場・全日本プロレスに闘いの場を移すまで、日本中のプロレスファンを熱狂させた。

 長州は87年4月に新日本プロレスにUターンしてきたものの、以前のような熱狂をいま一つ、取り戻せないでいた。

 テレビ局の思惑も絡んでいた。改変期を控え、プロレス中継番組の放送曜日の変更もあり、特番枠を用意していた。数字(視聴率)獲得のため、2カ所からの実況放送など、さまざまな企画が持ち込まれていた。

関連ニュース