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【実況・小野塚康之 時代を超える名調子】縦断高校野球列島(7)福島 衝撃!磐城の大投手・田村隆寿 チームとしての“大記録”夏13年連続の聖光学院 (1/4ページ)

 2020年センバツに磐城が21世紀枠で選出された。コロナ禍で大会は中止となったが、8月の甲子園交流試合でその雄姿を現した。本来の春ではなく夏空のもと目にして懐かしさが込み上げた。純白にコバルトブルーの帽子、福島勢甲子園最高成績の準優勝の記憶が蘇った。

 1971年私は中学2年、関心は地元東京代表の日大一の戦いだった。注目の左腕保坂英二を擁し優勝の呼び声が高かった。保坂を都大会で見て「こりゃ速い、甲子園でもやるぞ!」と期待した。その初戦の相手が磐城、あまり情報を持たず、失礼ながら私は日大一が有利だと思い込んでいた。学校の用事があったので「次の試合を見ればいいや!」とテレビ観戦を諦め、ラジオで経過をチェックすることにした。

 試合が始まり3回に磐城が3番の宗像治のタイムリーで先制した。この時点では「まあ1点ならやがて逆転するだろう」と高をくくっていた。その後、期待を込めて6回に確認したらそのままだ。そして8回になっても打力の良い日大一が得点できない。

 「おかしい。相手のピッチャーは何者?」

 田村隆寿、右投げで小柄、制球良く打たせて取っていると中継は伝えていた。最後はイヤホンを耳に聞きいったが反撃はならなかった。わが東京代表の晴れ姿を甲子園の舞台で見ることなく終わった。日大一としては力を出し切れず敗れたと受け止めたが、三塁を踏めず5安打と田村に完璧に封じられたのだった。

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