雄星も必見!?門限破り許される条件とは

2011.03.03


フライデーされた広島・前田健太。これで名実ともにスターの仲間入りだ【拡大】

 約1カ月にもおよんだプロ野球の春季キャンプ。血気盛んな野球選手の合宿生活には、いろいろなことが起こります。先日も広島のエース、“マエケン”こと前田健太が宮崎・日南キャンプ中にモデルと外泊したところを「フライデー」に激写されました。

 22歳だし、1カ月もむさ苦しいところで合宿すれば、彼女(報道によると本命は他にいるみたいですが…)と会いたくなるのも当然でしょう。このボクも、現役引退後に2回も“フライデー”されています。そのときは激写に対して怒ったり、悔やんだりするより「オレってフライデーされるくらい注目されるようになったんだ」って、ヘンに納得したものです。マエケンも「大したピッチャーになったんだ」と思っていいでしょう。

 球団からは、午前0時の門限を破ったことで厳重注意と罰金の処分を受けたそうですが、そもそも「門限破り」なんて、名選手の誰もが経験してきたこと。ボクに言わせれば、門限破りすることで、プロとして生き残るための要領を覚えたり、チームメートを大事にしたりとメリットはたくさんある。実際、門限破りもできないような選手は、うだつが上がらないケースが多いのです。

 ここでチームメートを大事にするとは、どういうことか。ボクの例を紹介しましょう。巨人時代、“門限チェック警戒係”だったのが、後輩の木田優夫(現日本ハム投手)でした。キャンプや遠征中、門限時間になるとチームのマネジャーが抜き打ちで各部屋をチェックに回るんです。

 今でこそ42歳のベテランの木田も、当時は宿舎に居残り役で、マネジャーが点呼に回り出すと飲みに出ている先輩選手の携帯電話に通報。ボクたちは宿舎の近くで飲んでいるから、木田からの連絡を受けて急いで帰る、という具合です。

 携帯電話の「圏外」が多かった時代ですから、飲む場所も選んだものです。当然、助けてもらった木田には、特上の焼き肉、ステーキをごちそうするなど、何かと面倒をよくみる。この警戒係が後輩に受け継がれ、いいチームワークが生まれるものなんですよ。

 ここまで読んだみなさんは、ボクが「門限破りのススメ」を説いていると思われるかもしれません。でも、それは違います。チームの規律を破る門限破りをするからには条件があります。まず、故障している選手が門限を破るなんて言語道断です。また門限破りで、いちいち文句をいわれたくなかったら、最低3年は続けて相応の成績を残せ、ということです。

 投手だったら2ケタ勝利、打者だったら打率3割か30本塁打…。その選手がいなければ優勝できない、となればチームは門限破りなどで何もいいません。仮に日本ハムのダルビッシュが門限を破っても、球団は口頭で形式的な注意をするだけだろうし、チームメートも不公平だと思わないでしょう。また、その選手も「遊ばせてもらう代わりにグラウンドでは結果を残さなければ」と一層、責任感が増して頑張るものです。

 昨年15勝をあげ、沢村賞に輝いたマエケンですが、2ケタ勝利はプロ4年目で初めて。球団から罰金というお灸をすえられたということは、まだまだ実績が足りないということです。でも選手は、失敗をグラウンドで取り戻せる。マエケンは今季、絶対に最低2ケタは勝たなければ…と思っていることでしょう。

 最後にボクがプレーした西武と巨人、両チームは門限破りのカラーの違いについてお話しします。西武は「どうせ門限を破るんだから朝までとことん」というノリ。一方、巨人は大人でした。当時のエースだった槙原寛己さん、斎藤雅樹さんは門限に合わせて一度、宿舎に帰って、またそっと出直す。ただし登板2日前からは一切、外出しない。登板前日なんてもってのほかです。

 サラリーマンの世界でも同じでしょう。「遊び」と「仕事・自己管理」を要領よく両立できるのが一流ということなのです。

 ■大久保 博元(おおくぼ・ひろもと) 1967年2月1日、茨城県大洗町生まれ。水戸商高から豪打の捕手としてドラフト1位で西武入り。92年にトレードで巨人へ。「デーブ」の愛称で親しまれ、95年に引退するまで、通算303試合出場、41本塁打。2008年に打撃コーチとして西武に復帰。昨シーズン途中、雄星への暴力行為などを理由に球団から契約解除される。

 ■デーブ大久保氏は東京・新宿区の自宅で野球教室「デーブ・ベースボールアカデミー(DBA)」を開校。少年野球はもちろん、草野球チームでプレーしたり、子供にアドバイスするため技術論を学びたいというお父さんの入校も大歓迎。問い合わせは、(電)03・5982・7322(13時〜18時)。またはホームページ(www.dba−school.jp/)まで。

 

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