長野県議・堀場秀孝さん、生まれ故郷信州に恩返しを

2011.05.11


堀場秀孝さん【拡大】

 4月の長野県議選(上田市・小県郡区)に初当選した堀場秀孝さん(55)は、新人県議として未知の世界に飛び込んだ。野球選手としての自分を育んだ郷里に恩返しをしたい−。その思いを実現する一歩を踏み出した。 (聞き手・米沢秀明)

 プロ野球界を離れてから、全国野球振興会の活動などで子供たちに野球を指導する機会に恵まれ、そのおもしろさや難しさを感じていました。

 地方を野球指導で巡りましたが、信州の生まれなので、海辺近くの町に行ったりすると海はいいなあ、などと思ったり。応援の声をいただくこともあり、しみじみと、こうやって全国を訪れることができることを感謝しました。何とか恩返しをする番だと思っていたのです。

 東京で知人から仕事を請け負っていましたが、年明けになって「出ないか」とお話をいただきました。驚きましたが、生まれ故郷のために何かできるのなら、と戻って来る決意をしました。

 実現しなかったのですが、3年前にも上田市議選の話がありました。もし次の機会となると年齢的にも大変になります。住民票は東京に移してしまっていたので、出馬となると戻さなければならない事情もありました。時間的余裕はなく即断即決でした。

 県議としては、地元のスポーツ振興による地域づくり、地域医療ネットワークづくりの推進などに取り組もうという気持ちです。ただ、震災の影響がこの地域にも出ており、こちらの対応の優先順位が現在は高くなっています。

 観光客のキャンセルは相次いでいます。上田市周辺には、福島県、茨城県と取引のある自動車関係の部品会社も多く、大きなダメージを受けています。農業にも風評被害など2次、3次的な影響が出る可能性もあり、不安を払拭していかなければいけません。

 地元医療環境の整備も進めていかなければなりません。医師数が絶対的に不足しているのです。子供たちの学力を上げ、地元出身の医師を育て、郷里に帰ってきてもらうことを考えていきたいです。

 今はまだ何もかも始まったばかり。選挙も支援者の協力のおかげでやり遂げることができました。議員1人では何事も動かないということもあります。今は挨拶回りをしながら地域の生の声を聞き、方向性を探っています。

 丸子実業の後輩、桃井進県議(元ロッテ、同県議選で佐久市・北佐久郡区当選)とも、賛同できる話をしていきたいですね。

 当選しましたが、今の段階ではよかったかどうか、何が正解だったかまだわかりません。○か×かでは、当選したのだからいいのかもしれませんが、どう評価されるかは周りの人たちが決めること。野球のようにわかりやすい結果があるとは限りません。

 野球ならグラウンド内の味方の数は約半分。でも今はそれよりずっと少ない。経験はありませんが、これからできるだけ味方を増やしていく努力をしていくところ。野球と同じなのは、自分を信じて、できないことに飛びつかず、できることをやるしかないということです。

 故郷に帰ってきましたが、今の仕事といえば県議だけ。野球塾でも新たに始めようかと考えています。夢は、やっぱり、この地域から優秀なプロ野球選手を育てることですね。

 ■堀場秀孝(ほりば・ひでたか) 1955年6月26日、長野県上田市上田原出身。丸子実業高(現・丸子修学館高)で、捕手として甲子園出場3回。慶応大では、東京六大学リーグ101試合に出場し、4年時に主将を務めた。79年プリンスホテルを経て、82年にドラフト外で広島に入団。捕手・代打で活躍した。86年に大洋、89年に巨人へ移籍。通算成績は173試合、打率・245、6本塁打、35打点。90年引退し、ベースボール・マガジン社に入社。97年から大阪近鉄バファローズ編成部係長を務め2000年退団した。今年4月の長野県議選では高校の後輩、桃井進氏(元ロッテ)も当選し、2人の元プロ野球選手が同時に県議となった。

 

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