元阪神・オリックス、エース野田浩司さん「商売やりたい」コーチ辞め

2011.05.18


現在は店の経営にも「全力投球」【拡大】

 身長186センチの躍動的なスリークオーターから繰り出されるフォークボールは、落差の大きさから“お化け”“消える”と言われた。1995年4月21日のロッテ戦で打ち立てた1試合19奪三振の日本記録はいまだに破られていない。阪神、オリックスのエースとして活躍した野田浩司さん(43)は、神戸・三宮で、肉料理店「まる九」を経営している。(聞き手・米沢秀明)

 引退したときから、店をやりたいという気持ちを持っていました。3年間迷いながら野球解説などマスコミの仕事をして、2004年にオリックスのコーチに呼んでもらいました。

 でも、やっぱりやりたいなと思って。『商売をやりたいので』と言ってコーチを辞めさせてもらったんです。そのあと、もう一回声をかけてもらったこともあったのですが、やっぱりこっちも好きなんです。

 店を出したのは05年11月。準備期間に丸1年かかりました。なかなかいい店舗物件がみつからなかったのです。準備しているときは、「店なんかやっても無理、やめとけ」って言われることが多かったですね。

 プロの選手だったら舌は肥えてきます。地方にいけば、いろんなうまい店を紹介してもらうことができました。その中でも、やっぱり店を出すとなったら故郷の九州料理がいいと思いました。

 実家があるので食材の仕入れ先などをもともと知っていたという有利さもありました。店をはじめたとき、社会人野球もはじめたので、夜や土日は野球をやりながら商売をすることになったんです。

 メニューは、鹿児島黒豚しゃぶしゃぶ(1950円)、熊本産馬さし(1800円)など。丹波地鶏の炭火焼き(1950円)や、100羽に1羽の希少価値の脂肝(1000円)も人気。ほとんどは団体でおまかせのフルコースというお客さんが多いですね。

 今は社員2人にアルバイトで経営。店内での自分の仕事はビールついだりレジを打ったり。野球解説の仕事もあるので毎日店にいるというわけにはいかないのですが、料理以外は何でもやりますよ。帳簿をつけるのも好きなんです。

 いろんな所へ顔を出して、名刺配って営業もします。やっぱり元野球選手という肩書は大きいです。あいさつをすれば、お客さんは来てくれるんですよ。ただ、勝負はそのあとまた来てもらえるか。『たいしたことない店だな』と思われたら結局駄目ですから。今は女性のお客さんも増えてきましたね。

 プロを辞めてから思うのは、記録というのはいつまでもついてきてくれるということですね。奪三振の記録は今でも覚えていてくれる方も多いですから。だから、100勝できなかったのは残念でしたね。最初のペースなら簡単にできると思ったのに、甘くなかったです。

 阪神大震災の年(95年)は、われわれも被災地で野球をしました。やはり期するものがありましたね。優勝したのは大きな思い出です。今でもOB野球でプレーすることがありますので、そのときには練習してからいきますよ。1人で壁当てしたりして。『この人何やっとんのかな』と思われてるでしょうね。もうすっかり、しょんべんフォークになってしまったんですけど。

 景気はテレビの仕事もありますからまずまずでしょうか。リーマン・ショックの影響は大きかったですけど。もう2、3店舗やろうと思ってましたから。夢はその計画を実現することですかね。挑戦して結果が出る仕事が好きですからね。

 ■のだ・こうじ 1968年2月9日生まれ。熊本県球磨郡多良木町出身。多良木高校から九州産交に進み、87年ドラフト1位で阪神入団。91年に開幕投手を務め、出身地にちなんで「火の国伝説」と呼ばれた。92年オリックスに移籍し、93年最多勝。3年連続2ケタ勝利と200奪三振を記録。95年4月のロッテ戦で19奪三振の日本新記録を更新した。現役通算は316試合、89勝87敗、防御率3・50、奪三振1325。2000年に現役を引退し、04年オリックス投手コーチ。05年ニチダイ投手コーチ。ラジオ関西、J SPORTSの野球解説者も務める。モットーは「全力投球」。

 「まる九」(兵庫県神戸市中央区北長狭通1の3の11 ノアールビル5F (電)078・321・0474)。

 

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