うれしかった古田の「おまえの球が一番」

★元巨人、ダイエー トータルライフコーディネーター・山田武史さん(46)

2011.06.08


山田武史さん【拡大】

 1965年(昭和40年)生まれには、渡辺久信(現西武監督)、水野雄仁(元巨人)ら好投手が多いが、その中でも最も才能に恵まれた投手といわれたのがこの人だった。故障に悩まされたが、浮き上がる速球は今も伝説となっている。現在は都内で健康食品の販売などトータルライフコーディネーターとして、健康相談に乗っている。(聞き手・米沢秀明)

 【球界との決別】

 巨人からダイエーに移籍し、右ひざの故障をしたあとはシーズンを棒にふってしまいました。次のシーズンに備えていた12月になっていきなり球団に呼ばれ、解雇だというんです。こんな遅い時期になっているのに…。阪神のテストを受けましたが駄目でした。すぐに不当解雇騒動となりました。

 結局、一緒に解雇された本村信吾さんの提訴が通りました。でも僕は提訴しませんでした。まだユニホームを着たいという一心から。提訴して決裂しては、野球を続ける道が閉ざされてしまう。そう思ったからです。

 球団が謝罪に来たのは1月20日ごろ。年俸の7割を支払うと申し出てきましたが、規定では参稼報酬の全額となっていました。「ふざけるんじゃない」と僕は譲る気はありませんでした。そして9割の支払いで和解し、野球から頭を切り替えることになったのです。

 【プロゴルファーへ】

 引退後、最初は知人の紹介で東京の不動産管理会社に勤務。ちょうどバルセロナ五輪が始まって、選手たちの姿を見ていたら、いてもたってもいられなくなりました。そこで、かねてから考えていたプロゴルファーになる道に踏み出そうと、会社を辞めたんです。

 それから、東京・世田谷の練習場で毎日打ち込みを始めました。ゴルフには少し自信があったのです。選手仲間の中ではうまい方という程度だったんですけど。

 若干の蓄えがありましたので、それを全部使ってプロゴルファーになろうと思っていました。しかし、費用も馬鹿にならない。そこで、現役時代からお付き合いのあった漫才師、おぼんさん(おぼん・こぼん)の紹介で、千葉の某ゴルフ場の研修生となったのです。

 【ゴルフショップ経営】

 ただ、研修生だけでも生活できないわけです。そこでキャディーをやりはじめ、そのうちレッスンをしながら報酬を得るようになりました。偶然、そのゴルフ場近くに練習場付きゴルフショップがあり、経営者から、「代わりに店をやってくれないか」と持ちかけられたので経営を預かることになりました。

 近くに住んでいたことから1994年から妻と2人で店を切り盛りしましたが、経営は楽ではありませんでした。何しろゴルフ用品の在庫を持たなければならない仕事。安売り業者も多くなり、利益は上がりません。

 店の経営は妻と2人で1馬力ですから、効率もよくない。レッスンをしているときには、妻が店番をしなければいけない。2004年に店を譲ることにしたのです。

 【健康第一】

 そのころ、妻の様子がおかしいことに気がつきました。電話でコソコソ話をしている。妻の姉が看護師で旦那さんが医師なのですが、何か相談しているんです。「ちょっと」と妻に呼ばれて、脇のあたりを触ったら、ビー玉ぐらいのしこりがあり、これは大変なことになったと思いました。

 そのとき考えたのは、もし、それが悪いものだったら、たとえ医者に診せても、抗がん剤や放射線で大変な思いをするということでした。それだったら、別の方法にかけてみよう。そこで、使ったのがアロエベラジュースでした。

 現役時代から仕事柄、健康に関しては興味があり、いろんな健康食品を試していました。実際に自分が飲んで品質を確認することも多かったのですが、アロエベラジュースは身体にいいことは実感でわかっていました。

 しこりは幸運にも数カ月でなくなりました。ペットの2匹のイヌもアレルギーが完治。それから自分は都内近郊で勉強会や講習会に出席して、健康の指導をしています。

 実は自分は社会人時代に肩を壊し、プロに入ってからは1球も思い通りの球が投げることができませんでした。それでも、昭和40年会の集まりで、高校時代に誰が一番いい球を投げていたか、という話になり、古田(敦也元ヤクルト、現解説者)が言ってくれました。

 「山田、お前の球が一番伸びてたってみんな言ってるよ」。これは本当にうれしかったですね。

 ■山田武史(やまだ・たけし) 1965年6月1日福岡県久留米市生まれ。久留米商時代の83年春夏連続で甲子園に出場。大会屈指の速球右腕として活躍し、夏はベスト4。本田技研熊本を経て86年ドラフト外で巨人に入団し、中継ぎで出場した。90年にダイエーに移籍。91年オフに保留選手名簿に記載されながら他2選手とともに解雇通告を受けた。年俸の9割相当額で和解したが同年現役引退。通算成績は30試合登板、0勝1敗、防御率4・89。

 

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