ジャンボさんの勝負師魂

2011.06.09


トーナメントに出場したボクが驚いたのは、ジャンボさんらの練習量と勝負師魂だった【拡大】

 前回は、元巨人の桑田真澄クンが挑戦し、ボクも出場したことのあるプロゴルフトーナメントの難しさについて、言わせてもらいました。ボクはプロ野球の現役引退後、ゴルファーとして、レギュラーツアーに出られる「ツアーメンバー」と「ティーチングプロ」の資格を得ました。今回は、まずボクがプロゴルファーになるまでのお話から始めましょう。

 1995年に巨人で現役を終えたボクは、野球解説者としてネット裏から野球をみる仕事に就いたわけですが、どうしても運動不足になり、体重は増えるばかり。「減量のためにゴルフでも…」と巨人の先輩、中畑清さんらにコースに連れていってもらっていました。

 2000年のある日、ゴルフではライバルだった中畑さんから「ハーフ35で回ったよ」との電話。「1アンダーってヤツですか?」と驚くボクの脳裏には、「そうだ」とうなずく中畑さんのしたり顔が浮かんできます。その瞬間、ボクのゴルフへの闘志に火がついてしまったのです。

 衝撃の電話の翌日、「絶対アンダーパーを出してやる」と意気込んで臨んだ埼玉・久邇CCで32・36の68で、生まれて初めてアンダーパーをマーク。オレにもできる! 飛距離には自信があったし、仲間のプロゴルファー連中からも「アプローチ、パターがうまいからプロになれますよ」と言われていたこともあり、本格的にゴルフに打ち込んでみようと決心したのです。

 ツアーで2勝をあげている横田真一プロから「プロになるなら、毎日500球打ち込み、週2回はラウンドしてください」と言われ、ボクは「よし、それなら、倍の1日1000球打ってやろう」と決意。まさにゴルフ漬けの日々が始まりました。

 千葉県東金市にある東千葉CCの会員権を300万円(当時)で買い、毎朝7時半からラウンド。18ホールを回り、シャワーを浴びて、解説の仕事のため午後1時過ぎには誰よりも早く球場へ到着。午前1時ごろ仕事を終えると、24時間営業の練習場へ行って、1日も休まず1000球打ち込む。クルマの中で眠って朝からラウンド…。こんな毎日の繰り返しです。練習場で朝昼晩と3食、食事したことさえありました。

 さすがに、その年の日本ゴルフツアー機構(JOTO)のクオリファイングトーナメント(QT=予選会)では落選しましたが、翌01年の第1次QTをギリギリながら突破。2年間で実に1500万円の練習費用を投資し、晴れて「ツアーメンバー」となったのです。

 それほどの猛練習を積んで、トッププロが出場するレギュラーツアーに臨んだボクですが、02〜06年に計12試合に出て、すべて予選落ち。ドライバーで350ヤード飛ばし、飛距離ではぶっちぎっていたものの、小学生の頃からゴルフクラブを握っているプロとの技術の差は歴然としていました。

 バンカーショットのうまさではプロの中でもピカイチの丸山茂樹プロは幼い頃、父親がコースでラウンドしている間、練習バンカーの中でボールを打って過ごし、弁当まで食べていたという逸話があります。始めて1年や2年のボクが、かなうわけがありません。

 その上、プロの練習量はハンパではありません。トーナメント会場の練習場、練習グリーンは、早朝から暗くなるまで常に満員。あるとき会場の練習場がいっぱいなので、コースから5〜6キロ離れた一般の練習場へ行ったら、藤田寛之、宮本勝昌…ツアーで優勝経験のあるトッププロが時間を惜しんで必死にボールを打っていたのにはビックリしました。

 みんな、負けず嫌いで、練習の虫。その頂点にいるのが、63歳になった今季も一線でプレーしているジャンボ尾崎さんでしょう。

 02年6月の「よみうりオープン」初日。土砂降り、大風の中、何とか4オーバーで終えたボクは、やれやれとばかりにキャディーと「風邪ひくから風呂に入って早く帰ろうぜ」と話していたところ…。ラウンドを終えたジャンボさんがカッパを着て、外に出ていくではありませんか。

 ライオンズ(ジャンボさんは西鉄出身)の大先輩であり、プロゴルファーとして誰もが認める第一人者のジャンボさんが大雨の中、練習しようというのです。「風呂どころじゃないぞ、練習だ!」と、あわてて追いかけました。当時ジャンボさんは、55歳。通算113勝もするわけです。

 そんなジャンボさんにある日、ちょっとしたウワサ話について直接確かめたことがあります。

 「ジャンボさん、試合中、絶対に同組の選手に『ナイスバーディー』って言わないそうですね。何でですか?」

 するとジャンボさんは、こう答えたのです。

 「いいか、デーブ。3人同組で回って、まず、そこで1番にならなきゃ優勝はないんだ。生活かけて争っている相手がバーディーとって何がうれしいんだ。『ナイスバーディー!』なんていうのは、プロじゃない」

 そこまで徹底する勝負師魂に、なるほどなと思ったものです。

 プロ野球選手、プロゴルファー両方体験したボクの実感としては、プロゴルファーになるよりプロ野球選手になる方が圧倒的に難しい。でも、レギュラーツアーで1勝するのは、プロ野球で日本一メンバーになるより難しい−。これだけは、確かに言えることです。

 ■大久保 博元(おおくぼ・ひろもと) 1967年2月1日、茨城県大洗町生まれ。水戸商高から豪打の捕手として84年にドラフト1位で西武入り。92年にトレードで巨人へ。「デーブ」の愛称で親しまれ、95年に引退するまで、通算303試合出場、41本塁打。2008年に打撃コーチとして西武に復帰。現在は東京・新宿区の自宅で野球塾「デーブ・ベースボールアカデミー(DBA)」を開校。DBAは生徒募集中、問い合わせは(電)03・5982・7322まで。

 

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