初めて触れた人情…泣きながら食べたステーキが忘れられない

2011.08.18


藤田監督が、ボクの人生を変えてくれた【拡大】

 3歳のときに父親を病気で亡くしているボクは、プロ野球界に入ってから「オヤジ」と呼べる人が2人できました。一人は西武の監督、管理部長を務めた根本陸夫さん。そして、もう一人はボクが巨人へ移籍した1992年当時の監督だった藤田元司さんです。ともに故人となってしまいましたが、ボクにとっては感謝してもしきれないくらい世話になった恩人。今回から2回にわたって、藤田さんとの思い出について、お話しします。

 1軍のレギュラークラスでなければ、監督はじめ首脳陣に相手にもされなかった西武時代。ボクに言わせれば、“ゴミ以下”の扱われ方だったといってもいいでしょう。そんなときに出会い、ボクをようやく人間扱いしてくれたのが、藤田監督でした。

 トレードで西武から巨人へ移籍し、東京都稲城市のジャイアンツ球場で練習しているときのこと。初対面の藤田監督は、こう声をかけてくれたのです。

 「おお、デーブ来てたのか。オマエ、太ってるの気にしてるのか? ウチは他にも太っているのはいるから大丈夫、気にするな。誰だと思う?」

 「はあ…。あまり、いないと思いますが」

 「ヨシ(吉村禎章外野手、現巨人野手総合コーチ)だって、タツ(原辰徳内野手、現巨人監督)だって太ってるんだ。気にするな」

 ボクが西武で減量を厳命され続けてきたことは知っているはず。『この人、暗に「やせろ」って言っているんだ…』。西武では“スパイ疑惑”をかけられるなど、散々な扱いを受けてきたボク。すっかり人間不信になっていただけに、その時点で藤田監督の言葉を素直に受け取ることはできませんでした。

 その後、ボクは1軍に呼ばれ、真新しいスーツを着て、九州・熊本遠征でチームに合流することになりました。熊本に移動し、チームが練習する藤崎台球場へ。新天地での最初の練習だけに、必死にノックを受けました。チーム宿舎に戻ると、宮本和知投手(現スポーツコメンテーター)から「デーブ、食事行かない?」と誘われました。

 繰り返しますが、ボクは人間不信に陥っています。『これで付いて行ったら、“コイツ、遊ぶばかりで、野球をやる気ないな”と思われる』と考え、丁重にお断りしました。すると、吉村外野手にも「食事行こうよ」と声をかけられます。

 『宮本さんの誘いを断っていることを知って声をかけてきたんだ。危ない、危ない。行ったら大変だ…』。よく考えれば、新入りのボクを気遣って先輩たちが声をかけてくれたのに。そんな厚意も分からず、吉村さんの誘いにも、頭を下げてお断りです。

 ボクはホテルの前にあった酒屋さんでビールを買ってきて、一人でチーム宿舎内にある食事会場に向かいました。それも、みんなが退けた午後8時過ぎ頃を見計らって。でも、会場に行ったら、さすがに選手はいませんでしたが、何と首脳陣が全員残って談笑しているではありませんか。

 気まずさ半分、「ボクはそんなに食べません」というところをアピールしようと、急いでホイコーローだけかき込んで、部屋に戻ろうと思った、そのときでした。

 背後に人影、そして「おい、デーブ」という声。藤田監督です。驚いたボクは「カ、カントク、お疲れさまです」というと、こんな言葉が返ってきました。

 「なんだ、オマエ。これだけしか食べないのか。ダメだ。力が出ないだろ。きょうは、練習でも頑張ったんだから」

 西武時代、練習なんかでホメられたことないボクにとっては、ある意味衝撃的でした。さらに、藤田監督は調理場に向かって…。

 「シェフ、ステーキ2枚焼いてあげて」

 呆然としているボクの前には、うまそうなステーキが出てきました。でも、ボクはまだ疑っていたのです。『これはボクがどれだけ、やせる気があるかを試すテストだ。これを食ったら、ハメられる。試合に使ってもらえない…』

 「肉はあまり食べないんで…」というボクに対し、藤田監督は「いいから食え、うまいか?」。そこでやっと、プロ球界に入って初めて人情に触れたような気がしました。西武時代の辛い思い出が走馬燈のように脳裏を駆け巡り、せきを切ったように涙があふれてきました。

 「うまいです!」と叫ぶと、ボクは号泣しながらステーキにかぶりつきました。どれほど、うまいと思ったことか…。このとき、ボクは、「藤田監督のために死のう」と、心に誓ったのです。

 ■大久保 博元(おおくぼ・ひろもと) 1967年2月1日、茨城県大洗町生まれ。水戸商高から豪打の捕手として84年にドラフト1位で西武入り。92年にトレードで巨人へ。「デーブ」の愛称で親しまれ、95年に引退するまで、通算303試合出場、41本塁打。2008年に打撃コーチとして西武に復帰。現在は東京・新宿区の自宅で野球教室「デーブ・ベースボールアカデミー(DBA)」を開校。DBAは生徒募集中、問い合わせは(電)03・5982・7322まで。

 

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