お好み焼き店は大人気!“容姿不問”嫁さん募集中

★元中日、近鉄、お好み焼き「おのうえ」店主の尾上旭さん(52)

2011.11.16


震災被害にもめげず、今も店を切り盛りする尾上さん【拡大】

 1980年代、躍動感あふれる中日のスーパーサブとして活躍。ルーキーで、故小林繁氏(阪神)から3ランを放って人気となった。今年は災難が重なり、千葉県旭市内の実家が東日本大震災の津波で被災、直後に大腸がんの手術も受けた。しかし現在は苦難を笑い飛ばして、毎日自慢のお好み焼きを焼いている。 (聞き手・米沢秀明)

 【生家が被災】

 銚子の人間ですから津波が怖いと思ったことはありませんでしたが、今回は違いました。

 震災の日は店にいました。そこにドーンと大きな揺れ。実家は店から車で30分ほどの飯岡港にあります。父親と2人暮らしなので心配で駆けつけたら、まだ大きな被害はありませんでした。

 安心して店に引き返す途中、高台で車を止めたらうとうとして。目が覚めたら午後5時前。実家の方をみると夕焼けのように真っ赤になっていました。そして、若者たちがこちらに向かって「津波だ」と走って逃げてくるのです。

 「しまった」と、実家の方向へ向かいました。すると地面から水がわき出るように、みるみると水につかっていくのです。実家まで30メートルのところまでたどりつきましたが、車は浮き上がり先へ進めません。実家の1階部分が津波に飲み込まれてしまいました。

 父親は幸い堤防に逃げていてくれました。母も1週間前に入院したところだったので難を逃れました。しかし、この周辺では飯岡の被害がもっとも大きく家屋全壊400棟以上、半壊300棟以上、13人の尊い命が奪われたのです。生まれ育った飯岡は変わり果てた姿になってしまいました。

 【手術】

 災難というのは重なるものなのでしょうか。

 地震の直前、先輩とゴルフに行ったのです。その先輩が大腸がんの手術をするというのですが、話を聞いているうちに妙なことに気がつきました。先輩の症状が今の自分に思い当たることが多いのです。とりあえず病院に行って、津波の後に診断結果が出ました。

 自分もレベル5の大腸がんだというのです。その日、宴会が入っていたので「がんになっちゃったよ」と言ったらみんなびっくり。「おれはこのまま死んでしまうのか」と思いました。そして4月20日に4時間の手術で患部を摘出したのです。

 幸いなことに1週間後に退院し、3カ月検診でも問題はありませんでした。災難だと思いましたが、もしあのときゴルフに行っていなかったら、今どうなっていたかわかりません。

 被災した実家も、皆さんの協力でかたづけてもらいました。店に被害はありませんでしたので、地元の皆さんに囲まれて元気に営業できているのはありがたいです。

 【花嫁募集】

 引退直後は新宿のブティックに勤務し、1年半ほどサラリーマン生活を送った経験もあります。サラリーマンを辞めて都内で1年半修行して、今の店を開店したのです。自慢はやはり「広島お好み焼き」(550円)。「関西おこのみ焼き」(550円)も人気があります。

 夢はこの店でいつまでもワイワイとやること。実は、かみさんと別れることになってしまいまして…。娘と息子は大学生になりました。今いい女性を募集しております。容姿は不問、人柄重視です。

 ■尾上旭(おのうえ・あきら)1959年4月22日、千葉県飯岡町(現旭市)出身。銚子商時代の77年春に甲子園出場。中央大から81年ドラフト1位で中日入団。巧打、堅守の内野手として活躍した。87年近鉄に移籍し、91年に現役引退。現役通算362試合に出場し打率・204、5本塁打、33打点。現在はお好み焼き店「おのうえ」(千葉県銚子市新生町1の4)を経営。

 

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