強豪・横浜に惜敗!夢は母校の全国制覇

★元ロッテ、阪神、神奈川・藤沢翔陵高校野球部監督 川俣浩明さん(39)

2012.01.25


現役にはきっぱり見切りをつけ、指導者の道へ。川俣さんの夢は甲子園の優勝だ【拡大】

 母校、藤沢翔陵高(元藤沢商高)の監督になって2年。神奈川県大会では横浜高、東海大相模高などの強豪に惜敗したが、確実にチームは力をつけている。今夏には甲子園出場の期待もかかる母校を、全国制覇に導くのが目標だ。(聞き手・米沢秀明)

 ■元プロの指導

 部員たちは私がプロ野球出身ということで「何かいい答えを持っている」と考えるようです。元プロの監督に教われば、うまくなると思って待っているのです。

 でもそんなことはありえない。イチローが教えたらチームは甲子園に行けますか? 練習は常に基本を反復するしかないのです。勝ちたければ、悪いなりに試合をつくることも覚える必要があるでしょう。投げ込みを禁止する現代的な指導もあるけれど、実力がないのなら1日500球くらい投げ込まなければレベルアップは望めません。

 チームはまだこれからだし、全寮制の強豪学校とは設備も違います。私は特別なことは教えません。それよりも普段から野球を意識して、電車の中でつり革につかまっている時間も大事にすることが進歩につながると思います。

 部員には「目標は甲子園じゃない。全国優勝だ」と言っています。「この監督は油断ならない」と思われているでしょうね。「きょうは職員会議があるから」と言って、遠くから練習を見ていますからね。

 ■夢に向かって

 プロ最後の年、阪神でチャンスをもらえず「次の人生を考えるときだ」と感じました。大阪ガス時代の先輩が経営する建設工事会社「スチールエンジ」(東京・日本橋、松谷竜二郎社長)で営業職に就きました。

 休日を利用して母校の野球部に顔を出したとき、恩師の大山望監督(当時)に「おまえが後を継げ」と言われたのです。母校での野球部監督は夢の仕事でした。慣れない営業に苦戦しているときでもあり、すぐにでも飛びつきたい気持ちになりました。

 しかし、高卒の自分が監督になるには4年間大学へ行き、教員免許を取らなければいけません。松谷さんにもわずか1年で退社を申し出なければならない。野球で苦労をさせてきた妻にも、また夫が野球に携わる生活に不安があるようでした。

 ■夜間大学へ

 それでも、監督をやってみたい。神奈川大学の夜間に通わせてもらう恵まれた待遇で、母校の事務職に就くことになりました。授業のために早退させてもらったこともあります。

 教員になるまではプロアマ規定で野球の指導はできません。極力、野球の話題には触れないように気を使いましたね。

 公民の教師となり2年間教壇に立ち、2010年夏の神奈川県大会で初めて監督として指揮を執りました。

 ■夢はつづく

 初戦の相手は強豪の横浜高。勝つことはできませんでしたが、善戦してくれました。負けたあと選手に100本ノック、ダッシュをさせて、まだ次の試合があるかのように終わりました。その日は負けたかもしれないが、人生の勝負はそこでは終わらないからです。

 監督になって、はじめて妻にも認めてもらうことができました。松谷さんにも「いい学生がいたらうちの会社へ入社させてくれ」と言ってもらえました。10年先を見ながら選手たちと一歩ずつ前進していきたいですね。

 学校では携帯電話は使用禁止。動画サイトのYoutubeで、私が現役時代にイチローに本塁打を打たれたシーンを見ている生徒がいました。このときだけ、生徒たちに動画を見ることを許可しました。人生の厳しさを教えるためです。

 ■かわまた・ひろあき 1972年8月12日、神奈川県横浜市出身。藤沢商高(現・藤沢翔陵高)卒業後、大阪ガスを経て96年ドラフト3位でロッテに入団。191センチの本格派右腕と期待され、97年に1軍初登板。98年は16試合に登板した。01年に阪神移籍し、翌年現役を引退した。現役通算29試合に登板。建設工事会社から藤沢翔陵高の事務員に。神奈川大学二部(夜間)卒業後、08年から社会科教員。10年から野球部監督を務めている。

 

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