今、広岡達朗氏がモテモテ〜!そのワケは?

★元ヤクルト・西武監督 広岡達朗氏(79)

2012.01.27


昨年秋の阪神に続き、中日でも“コーチのコーチ”を要請された広岡氏【拡大】

 巨人OBで、監督としてはヤクルト、西武を弱小から常勝球団へ変貌させた名将として知られる広岡達朗氏(79)が、にわかにモテモテだ。中日、阪神両球団に招かれ、1、2軍のコーチ陣を相手に“コーチング塾”を開いた。2月の春季キャンプでも、臨時コーチとして両球団を訪れる予定だ。いま広岡氏が必要とされる理由とは? (聞き手・宮脇広久)

 15日には、旧知の中日・高木守道監督(70)の求めでナゴヤ球場を訪問。23日は甲子園に出向き、阪神コーチ陣に講習を行っている。

 −−所属経験のない両球団からの要請です

 「高木は以前から交流があった。阪神とは早大の後輩の中村勝広が監督のころ接点があり、昨年の秋季キャンプにも顔を出した。ブルペンで若手投手にちょっと体の使い方を教えたところ、有田(ヘッドコーチ)や藪、山口(両投手コーチ)に『がらっと変わるもんやなぁ』と妙に感心されて、今回につながった」

 −−心身統一合気道会の藤平信一会長を伴ったのは

 「まず正しい姿勢を教えないと、正しい動き、レベルの高いパフォーマンスはできませんから。私はもともと会長の父、藤平光一氏(昨年死去)に師事していた。今の球界ではややないがしろにされているけれど、昔は巨人の選手も光一氏に教えを請うたものです。王(貞治・現ソフトバンク球団会長)の一本足打法も、光一氏の教えをもとに開発された。米大リーグのドジャースが興味を持ち、若手選手やコーチが教えを受けるようになって今年3年目ですよ」

 −−指導は選手より、コーチ

 「日本球界に欠けているのは、コーチを育てるシステム。スター選手が現役引退すると、コーチ経験もなしに監督に抜擢(ばってき)されたりするでしょう。現役時代は本人の努力、反復練習によって結果を出したわけだけれど、なぜ自分が高いレベルのプレーができたのか、分析し説明することはできない者がほとんど。未熟な選手を前にすると『なぜ、こんな簡単なことができないのか?』で終わってしまう」

 −−理想は

 「まずマイナーリーグで最も未熟な選手を相手に修業を積み、苦労をしながらメジャーのコーチ、監督へとステップアップする米国のやり方が、理にかなっているのですがね…」

 −−日本のコーチの現状が歯がゆい?

 「巨人の坂本が自主トレで、ヤクルトの宮本に守備を教えてもらって“ためになった”とか言っているでしょう。あんなこと、おれが(巨人の)監督だったら許さんよ。確かに宮本はうまい選手だが“巨人のコーチは大したことない”と証明しているようなものじゃないか」

 −−巨人のレベルも下がっている

 「昔は巨人の野球が絶対。現役引退すると、他球団から(コーチとして)引く手あまただった。それがヨソに教えてください、とお願いするまでに成り下がってしまったということ。ファンに夢を与えるチームとは、ヨソから獲ってくるのではなく、教育によって人はここまで上達するのかと感動を与えるもの。だからコーチが大事なのです」

 −−古巣巨人で臨時コーチの予定は?

 「要請がなければ、やるわけにいかない。ただ巨人も今年は相当危機感を持っている。それは感じる。白石(興二郎)オーナーから『巨人の今後をどうすべきか、OBの方の話を聞きたい』と声をかけられた。こんなことは初めてですから」

 −−昨年の“清武の乱”の際、『米国の方式でいえば(清武)GMはクビ』とのコメントを、渡辺恒雄球団会長が声明文で引用していた

 「渡辺さんから礼状を頂き、『あなたがかつて巨人監督就任を固辞されたことは、承知している。いま思えば残念至極』とあった。こんなことも初めてで、驚きましたがね…」

 ■ひろおか・たつろう 1932年2月9日、広島県生まれ。呉三津田高、早大をへて巨人入り。プロ1年目の54年に新人王を獲得。66年に引退するまで巨人一筋に遊撃手として活躍した。広島、ヤクルトのコーチを歴任し、76年途中からヤクルト監督に昇格し、78年には球団史上初優勝(日本一)。82年からは西武監督を務め在任4年で優勝3回(日本一2回)。92年野球殿堂入り。95年からロッテで日本球界初のゼネラルマネジャー(GM)を2年務めた。

 

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