“清原2世”美人妻と充実の会社員生活

★元西武、中日、ニッセイロールペーパー勤務の玉野宏昌さん(33)

2012.03.28


「背番号3」の重圧に苦しんだ玉野さん。今は営業で奮闘中だ【拡大】

 1996年のドラフト1位で西武入り。巨人に移籍した清原和博氏(現解説者)の背番号3を受け継いで話題となった。現在は東京・清瀬市の紙製品会社に勤務し、レジの領収書に使われる巻紙などの営業が仕事だ。昨年には元モデルの美人妻のために新築戸建てを購入、休日はサーフィンに出かける充実のサラリーマン生活を送っている。(聞き手・米沢秀明)

 ■通勤徒歩7分

 最後は中日だったので、引退してすぐに名古屋で宅配の運転手の仕事を始めました。ただ1つ心配だったのは、東京生まれの妻が名古屋で寂しい思いをしているのではないかということ。妻の実家の周辺は西武球場にも近くてなじみがあるし、引っ越す方がいいと思いました。8カ月ぐらいで転職したのです。

 知人の紹介で現在の会社に入社して6年。去年購入した新居からは徒歩7分という最高の環境で、仕事にも身が入りますね。

 営業の仕事をやってみて感じたのは、「野球と似ているな」ということでした。いくら頑張っても、数字を出さないと意味がない。何でも結果を出すというのは大変ですよ。ただ、努力した分だけ成績につながりやすい気がしています。野球では苦労しましたから。

 主力商品はレシートなどに使われるロールペーパーなので、お客さんはコンビニなどの流通関係。営業車や電車で出かけ、夕方に事務所に戻ります。新規開拓の飛び込み営業は「買ってください」と正攻法でいくのが僕のやり方です。

 6人の営業部員で僕が一番の若手。先輩から勉強の毎日です。営業の面白いところは、いろいろな人と会って話ができること。人間観察が好きなんですよ。

 サラリーマンになってひとつ夢がかなったのは、サーフィンに挑戦できたこと。現役時代からやってみたいと思っていました。思った以上に難しいところが魅力です。去年からジムに通い始めて、90キロあった体重を70キロ台まで落としました。冬の間も行ってました。

 ■清原2世と呼ばれて

 現役時代は「3、4年すれば1軍に上がれるだろう」という甘い考えでした。結果が出なくても、ドラフト1位なので出してもらえましたし。でも3年目の契約更改で、初めて年俸が下がって現実を知りました。

 4年目は二塁手として使ってもらい、4月は打てたので「これはいける」と勘違いもしました。もっとどん欲にやらなければいけなかったのに。疲れが出て故障もあり、5年目も結局チャンスをつかむことができませんでした。技術とハートの両面で甘かった。

 清原さんの後の「背番号3」は、やはりプレッシャーでした。うれしかったですが、「自分で大丈夫か」という気持ちもありました。最後は結果を出さなければいけないという焦りが先に立ち、余裕がありませんでした。

 今の目標は、とにかく一人前の営業マンになること。自分はまだ、夢を探して歩いている途中だと思っています。

 ■たまの・ひろまさ 1978年6月1日、兵庫県神戸市出身。神戸広陵高から96年ドラフト1位で西武入団。二塁手、三塁手、外野手として活躍した。2000年は開幕直後から先発出場し、4月6日のロッテ戦でプロ初本塁打。04年に中日へ移籍し翌年引退。現役通算123試合、260打数54安打、打率・208、4本塁打、26打点。現在はニッセイロールペーパー(株)=東京都清瀬市旭が丘1=に勤務。

 

注目情報(PR)