プロ野球からダーツの道へ!優勝経験も

★元オリックスなど、プロソフトダーツプレーヤーの宇都格さん(27)

2012.04.25


ドラフト5位で近鉄に入団。今はボールをダーツに持ち替え、違う“プロ”に転身【拡大】

 オリックスを現役引退したあと、たまたま飲みに行った東京・西麻布のバーにダーツがあったのがきっかけだった。ボールをダーツに持ち替え、1日7時間の猛練習で1年ほどでプロに。現在はダーツバー経営会社にも勤務し、東京・渋谷、江東区大島など店舗のフロアに立つほか、ダーツ大会の企画運営にも関わっている。(聞き手・米沢秀明)

 戦力外通告を受けて、何となく大阪から東京に出てくることを決めました。仕事も決めていなかったし、知り合いもほとんどいない場所でしたが、やっぱり一番は東京だろうと思って(笑)。

 最初にやったのはエステの仕事。道で女性に声を掛けて勧誘するのですが、人見知りなので向かない。すぐに辞めましたが、話をするのに慣れて役に立ったと思います。

 ダーツを始めたのは偶然です。西麻布のバーでたまたま大阪時代の知り合いに会い、一緒に飲むようになって。ダーツがあったので「じゃあ、やってみようか」から始まりました。

 投げるのは野球と一緒なので、楽しかったですね。ボールを投げるより難しいと思いましたけど。最初のころは、1日7時間ぐらい投げ続けたこともありましたね。

 ダーツを続けられたのは、野球より練習が楽だったからでしょうか。最初に所属したプロ団体「D−CROWN」の大会では準優勝、次に所属した「PERFECT」では参加約300人の中で優勝できました。

 今の会社に入社したのは4年前。店舗管理のほかに大きな仕事が、イベントの企画です。参加者1000人規模のダーツ大会を年に数回企画しています。参加者を集めるのが大変ですね。でも、選手としてだけでなく、いい大会を企画していくのが今の課題です。

 もうひとつの課題は、選手として“イップス”の克服です。4年ほど前から、的に手が出ていかないのです。優勝したときは皆さんに応援してもらってイップスが出なかったのですが、どうも気持ちよく投げられない日が続いています。

 考えてみれば、野球時代もイップス気味でコントロールにはあまり自信がなかった、というのはありますが…。しかし、そんなことは言っていられません。メンタルを鍛えて、優勝に返り咲きたいですね。会社をもっと大きくしたいし、今年はやりますよ。

 ■うと・いたる 1984年5月20日、鹿児島県いちき串木野市出身。川内高時代から190センチの長身右腕として活躍し、2年秋県大会で準優勝。2003年ドラフト5位で近鉄に入団。05年に選手分配ドラフトでオリックスへ移籍したが、同年引退。飲食店勤務などを経てプロソフトダーツプレーヤーに転身。09年のプロトーナメント「PERFECT」デビュー戦で優勝。現在は「JAPAN」に所属し、ダーツバー経営会社「GLOBAL GROVE」(東京都豊島区)のマネジャー兼務。「飲ん兵衛 GLOBE」(渋谷区渋谷2の19の17、電話03・6427・1916)、「JIMOTY G−LOVE」(江東区大島1の37の7、電話03・5609・9602)などに勤務している。

 

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