最強助っ人“ボブ・ホーナー”秘話…酒好きの赤鬼

★元ヤクルトのボブ・ホーナー(前編)

2012.04.26


赤鬼ホーナー。来日即ホームランで日本の野球ファンの度肝を抜いた【拡大】

 いよいよ今週末から、ゴールデンウイークが始まる。ヤクルトOBの私にとって、この季節の思い出といえばプロ野球史上最強の助っ人、ボブ・ホーナーだ。

 現役バリバリ29歳の強打者は、米大リーグ通算215本塁打の実績をひっさげ、1987年4月27日に来日。5月5日のこどもの日にデビューしていきなり本塁打を放ち、翌6日も3本塁打の離れ業で「ホーナー旋風」を巻き起こした。

 前年はブレーブスの看板打者として27本塁打。その超大物が遠い日本までやってきたのは、年俸高騰を嫌った各球団のオーナーが共謀してフリーエージェント宣言した高給取りの選手を締め出したから。浪人の危機となったホーナーにヤクルトが提示した年俸は、前年比3000万円アップの3億円。当時の日本人の最高給は、中日・落合博満さんの1億3000万円だから、いかに破格だったかがわかる。

 来日直前まで、私を含めヤクルトナインは「あんな大物が本当に来るのかな」と半信半疑。夜の神宮球場で初めて打撃練習をしたときは、みんな居残ってその打球を見守り、度肝を抜かれた。76スイング中23本がサク越え。実に軽いスイングで、左翼スタンドにポンポンと放り込んだ。

 本物の大リーガーを見ようと、神宮はデビュー戦から超満員。1試合3本塁打を打った2戦目では、ヤクルト最後の攻撃となる8回2死で2番の角富士夫さん(現ヤクルト編成部)に打席が回ると、観客から「おまえは絶対(バットを)振るな! 四球でいいんだ!」などと珍しいヤジが飛んだ。次打者のホーナーにプロ野球タイ記録の4本目がかかっていたからだ。凡退した角さんは罵声の集中砲火を受け「やりにくくてしゃあないわ」と苦笑していた。

 角さんは、ホーナーともう1人の助っ人野手のレオンと同じマンションに住んでいたため、球場の行き帰りは運転手代わりを務めていた。ホーナーは帰宅前に必ず車を停め、ケンタッキーフライドチキンと缶ビールを買い込んだそうだ。私も何度か一緒に飲みに行ったが、ビールの後は当時まだ珍しかったバーボンソーダを、ひたすら頼んでいた印象がある。

 酒好きだが、性格は物静かで口数も少なめ。練習はまるでしなかったが、オンとオフの切り替えはさすがで、試合になると赤鬼の形相で全力プレーした。一塁を守るホーナーの金髪が神宮の夜風になびくのを見て、私は「大リーガーは格好いいな…」とあこがれのような思いを抱いた。

 試合前はロッカーを背にして目を閉じ、瞑想(めいそう)しているのが常だった。周囲は「すごいな。これがメジャー流の精神統一か」と感心していたものだが…。今思えば、ただ二日酔いで眠たかっただけかも。

 単身赴任のホーナーは、来日10年目で日本通のレオンと連れだって、毎晩のように夜の街に繰り出していた。それでもホーナーは打ちまくった。地力に差があるレオンは、夜遊び疲れで成績を下げてしまったが…。

 ゴールデンウイークに初出場し、7月後半は故障で“夏休み”。それでもホーナーは実働5カ月間の規定打席未満でセ・リーグ初の30本塁打越え(31本)を果たした。

 大リーグのレベルの高さをまざまざと見せつけ、莫大(ばくだい)な経済効果と強烈なインパクトを残し、わずか1年で米球界に帰っていった“黒船”。

 実は日本のプロ選手の野球観を大きく変える、“文明開化”の先導役でもあった。その中身については次回にお話ししたい。

 ■Bob Horner 1957年8月6日、米カンザス州生まれ、54歳。アリゾナ州立大時代の78年、原辰徳を擁する東海大との親善試合で来日し、全試合で本塁打。同年の大リーグドラフトで全米1位指名を受け、ブレーブス入り。いきなりメジャーデビューし、23本塁打で新人王。1試合4本塁打を記録した86年オフにFA宣言。交渉が不調に終わり、87年4月にヤクルトと契約。93試合出場で31本塁打、打率・327、73打点を残した。同オフにカージナルスと契約し米球界復帰。4番を期待されたが、左肩故障で6月から戦列を離れ現役引退。右投右打。大リーグ通算1047安打、打率・277、218本塁打、685打点。

 ■杉村繁(すぎむら・しげる) 1957年7月31日、高知市生まれ。高知高時代は小柄なスラッガーとして「土佐の怪童」の異名を取り、高校3年時の1975年春の甲子園決勝では、原辰徳を擁する東海大相模高を自らの決勝打で破り優勝。同年ドラフトでヤクルトに1位指名され入団。87年限りで現役引退後は長く球団広報を務めた。00−07年はヤクルト、08−11年は横浜で打撃コーチなどを担当し青木宣親、内川聖一らを指導。水島新司氏の野球漫画「ドカベン」に登場する微笑三太郎のモデル。今年から本紙評論家を務める。

 

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