巨人“大変身”の真相…戦略室と勝ちたい気持ち

2012.05.31


原監督と話した杉村氏は、巨人好調の理由を分析した【拡大】

 開幕から極度の貧打に苦しみ、先月22日には借金が7に達した巨人。だが今月に入って10連勝も記録するなど、一気に調子を上げて逆に貯金を6も積み上げている。

 先日、東京ドームで会った原辰徳監督(53)が「センパイ、今は何やってるんですか?」と話す表情も非常に明るかった。

 要因はいくつかあると思うが、打撃に関していえば点の取り方が変わってきた。ベンチ裏で何かしら、意識の変化があったと感じる。「巨人には豪快に打ち勝ってほしい」と願うファンは多いと思う。だが“飛ばない”統一球の影響は大きい。導入1年目の昨季は打者陣の対応が遅れ、3位に終わった。「そのうち打てるだろう」という意識のまま、本塁打頼みの野球を続けていたようにも見えた。

 昨オフ、データを基にチーム全体で相手を攻略するために新設されたのが「戦略室」だ。チーフ格にはヤクルト、楽天で野村克也監督(76)のID野球を学んだ、橋上秀樹戦略コーチ(46)が招へいされた。軌道に乗るまでは苦労も多かったようだ。本人は「はじめはどうなることかと思った」と笑うだけで多くを語らないが、巨人には実績のある打者が多い。私のコーチ経験でも、いい選手ほど自分のやり方に自信があるから、なかなか耳を傾けたがらないものだ。

 ただ幸いなことに「このままではいけない」と危機感を共有する首脳陣が、戦略室の分析を積極的に取り入れた。岡崎郁ヘッドコーチ(50)は、昨季から「ビッグイニングを待つ野球」ではなく「1点を積み重ねる野球」に移行する必要性を感じていたそうだ。

 それでも、今までやってきた野球を変えるのは簡単ではない。球団関係者いわく、一番のきっかけは開幕から負け続ける中でチーム内に募った“勝ちたい”という思いだったという。点の取り方はどうであれ、白星はチームにも選手個人にも最高の薬になる。「データをしっかり見て試合に生かそうという空気が、コーチや選手の間に広がってきた」とのことだ。

 橋上コーチは「飛ばないボールではこうしないと勝てない−と、選手の意識が変わってきたのが一番」と話す。戦略室が出す指針は戦略上の秘密事項だが、「ストライクゾーンが今までより、左右高低にボールひとつずつ広くなっている」とヒントをくれた。

 このところの巨人打線の傾向を見るに、「追い込まれたらしんどいから、初球から積極的に打ちにいけ」といった内容ではないか。もちろん、やみくもに手を出しても打てないからデータを基に、各打者が狙うべき球種とコースを絞る。

 できたばかりの戦略室が機能するだけの下地はあった。現場からは「上がってくるデータは今までとそう変わらない」という話を聞くし、橋上コーチも「データの出し方や設備がすごい」と認める。せっかくの武器を生かさない手はない。

 1点を取りに行くため、原監督が繰り出すサインに応えるだけの資質を打者陣が備えていることもポイントだ。大きな声では言えないが、昨季まで私がコーチを務めた横浜(現DeNA)では、たとえばヒット&ランのサインを出しても空振りする打者が多いため、おのずと選択肢はバントに絞られていった。

 雨降って地固まる。4月の大ブレーキが意識改革の呼び水となって、巨人は打撃をもう一段上のレベルに引き上げようとしている。これだけのメンバーに進塁打やつなぐ野球がプラスされたら、どこまで“ごっつい”打線になってしまうのか。まして打者有利の傾向が強まる夏場に入ったら、巨人が断トツで首位を独走しかねない。

 ■杉村繁(すぎむら・しげる) 1957年7月31日、高知市生まれ。高知高時代は小柄なスラッガーとして「土佐の怪童」の異名を取り、高校3年時の1975年春の甲子園決勝では、原辰徳を擁する東海大相模高を自らの決勝打で破り優勝。同年ドラフトでヤクルトに1位指名され入団。87年限りで現役引退後は長く球団広報を務めた。00−07年はヤクルト、08−11年は横浜で打撃コーチなどを担当し青木宣親、内川聖一らを指導。水島新司氏の野球漫画「ドカベン」に登場する微笑三太郎のモデル。今年から本紙評論家を務める。

 

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