「4000安打クラブ」語るならフリオ・フランコにも脚光を

2013.08.18

 大リーグ通算安打記録保持者のピート・ローズ、球聖タイ・カッブの2人しかいない「4000安打クラブ」への仲間入り。ヤンキース・イチロー外野手の日米通算4000安打達成が目前に迫ってきた。

 ただし、イチローのようにメジャー以外の記録も合算するなら、この男の存在も忘れてはいけない。バット1本持って世界を巡るさすらいの旅に出て、49歳まで現役を続けたバットマン。日本のファンにもおなじみのフリオ・フランコだ。

 もともと、1961年ドミニカ共和国生まれだった。しかし、同国ではプロ入りの際に年齢を詐称する選手が多く、のちに58年生まれと訂正された。と言っても、これも自己申告の公称に過ぎず、誰にもハッキリした年齢など分からない。

 82年大リーグでデビューすると、バットのヘッドを投手方向へ向ける独特な構えでヒットを量産。89年からレンジャーズでボビー・バレンタイン監督のもとプレーし、90年オールスターMVP、91年はア・リーグ首位打者に輝いた。

 ところが、94年8月に大リーグがストに突入しシーズン打ち切り。翌95年も再開のメドが全く立たず、日本球界入りを決意。気心の知れたボビーに連れられてロッテ入団。実に10年ぶりのAクラスとなる2位躍進の原動力となった。

 96年大リーグのシーズンが正常に戻ると、古巣インディアンスに復帰。その後チームを解雇され、98年に再びロッテでプレー。以後、99年はメキシカンリーグ、2000年は韓国プロ野球と、世界各地を転々…。流浪の野球人生が始まった。

 01年再びメジャーに復帰すると、05年ブレーブス時代に46歳で満塁ホームラン。06年メッツ時代に47歳で代打本塁打、1試合2盗塁など最年長記録を次々に更新。最後は50歳直前までプレーし、「不老の驚異」として話題を集めた。

 結局、メジャー23年間で通算2586安打をマーク。日本での286本、韓国での156本、メキシコでの316本、さらに母国ドミニカのウインターリーグでの267本など、プロ野球で打ったヒットを全部足すと、何と合計4229本!

 ローズの通算4256安打には僅かに及ばないものの、カッブの4191本を上回る驚異的な数字。あくまでも参考記録に過ぎないが、世界5カ国でこれだけのヒットを生産した安打製造機にも少しはスポットライトを当ててほしい。 (大リーグ評論家、福島良一)

 

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