V9左腕エース・高橋一三さんの裏話 “世界の王”復活陰の立役者だった

2015.07.17


1969年シーズンでリーグ優勝。高橋氏(中央)はONと乾杯した【拡大】

 V9巨人の左腕エースだった高橋一三氏が14日、多臓器不全のため69歳で亡くなった。忘れられないのは巨人・長嶋茂雄終身名誉監督(79)、ソフトバンク・王貞治球団会長(75)との楽屋裏話だ。

 当時の右腕エース・堀内恒夫氏ら後輩から「カズミさん」と慕われ、ONら先輩からも「カズミ」と呼ばれ、かわいがられた実直な人柄。「投手はなで肩でないと大成しない」とされた球界の定説を一蹴。「衣紋掛け」「ハンガー」と呼ばれる怒り肩の独特なフォームでも知られ、物まねの対象にもなった。

 後輩OBは「シーズンでもシリーズでも胴上げ投手となると、不思議にホリさんでなくカズミさんだった。そういう強運も持っていた」と述懐する。そんな高橋氏は1975年オフ、巨人から日本ハムへ移籍した。

 この年、巨人監督に就任した長嶋氏は球団史上初の最下位に終わり、現在は球界ご意見番として知られる張本勲氏の獲得に全力を傾注した。

 「ONのNが抜け、相手がOだけに集中してくるのだから大変だよ。ワンちゃんをよみがえらせるには、張本しかいない。互いにプロ入り同期生というライバル意識も強いだろうからね」

 そのために高橋氏と、今年5月に亡くなった富田勝氏を交換要員にして張本氏を獲得。新OH砲の完成で世界の王は蘇り、76、77年と長嶋巨人は連覇している。

 不平不満を漏らすことなく移籍した高橋氏も負けていない。81年には14勝6敗の成績で日本ハム球団の初優勝に貢献、巨人に恩返しした。同じ後楽園球場を本拠地とする両チームの日本シリーズが実現して“後楽園シリーズ”と話題を呼んだ。

 自らの復活にも一役買ってくれた格好の高橋氏の訃報に、王会長はこう語った。「V9を支えた左のエースであり、いつまでも球界の歴史に名をとどめることでしょう。後進やアマチュアの指導にも熱心だっただけに、残念でなりません」と。 (江尻良文)

 

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