作新学院・小針崇宏監督(3) 18歳で指揮官の素養 (1/2ページ)

★作新学院・小針崇宏監督(3)

2016.10.28

名門復活の大役を果たした小針監督(左)。教え子の今井(右)は西武から単独1位指名を受けた
名門復活の大役を果たした小針監督(左)。教え子の今井(右)は西武から単独1位指名を受けた【拡大】

 作新学院は1885年(明治18年)に下野英学校として創立。野球部は1902年(同35年)創部で、115年の歴史を誇る。ただ、甲子園出場は戦後の1958年(昭和33年)の夏が初めて。創部から57年かかった。

 その初出場で4強入りすると、それまでの難産が嘘のように躍進。4年後の62年(同37年)には史上初の春夏連覇を達成する。73年(同48年)には怪物投手・江川卓(元巨人)が春夏の甲子園を席巻した。

 そして今夏。春夏連覇から54年、江川の登場から43年を経て、小針崇宏が率いる作新学院は甲子園の主役の座を取り戻した。

 野球部長を務めて30年の岩嶋敬一が、栃木県屈指の名門校の“暗黒時代”とも言える長い低迷期を振り返る。「私自身が部長になってからでも15年は勝てなかった。チームとして春は21年、夏は31年も甲子園に出られなかった。他の私立校が力をつけて、こちらは指をくわえて見守るだけの状態でした」

 加えて、野球に理解を示していた当時の学院長が亡くなったことも重なり、学校の方針が安定しない時期でもあった。

 2000年(平成12年)の春にやっと21年ぶりのセンバツ出場を決めたが、大会直前で監督が辞任するというドタバタ。それでも8強入りしたチームの正二塁手に、2年生の小針がいた。

 

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