パンチョさんの“口癖”だったスペンサー伝説 「お人よしで野球に勝てるか」 (1/2ページ)

2017.01.10

日本野球に衝撃を与えたスペンサー(右)は、大リーグにも大きな足跡を残した
日本野球に衝撃を与えたスペンサー(右)は、大リーグにも大きな足跡を残した【拡大】

 新年早々、米国から悲しいニュースが入ってきた。かつて阪急(現オリックス)で活躍したダリル・スペンサーが死去したという知らせだ。パンチョさんと深い関わりがあった外国人選手だけに触れないわけにはいかない。

 1952年から名門ニューヨーク・ジャイアンツなどで10年間プレー。53年の日米野球で来日し、後楽園球場でホームラン。58年にはニューヨークからサンフランシスコへ本拠地移転後、開幕戦でチーム初本塁打を放ち球団史に名を刻んだ。

 当時ジ軍は名将レオ・ドローチャーが指揮を執っていた。鋭い舌鋒から「ザ・リップ」の異名を持つ激情家で「お人よしで野球に勝てるか」が口癖。勝つために激しいスライディングやビーンボール、審判いじめなど手段を選ばなかった。

 61年のドジャース移籍後は名将ウォルター・オルストン監督のもとでプレー。ドローチャーとは対照的に温厚な人柄で忍耐強く、「共同作業しないところに勝利はない」と選手たちに教訓。のちの殿堂入り監督2人から多くのことを学んだ。

 レッズ時代の63年には遠征先で新人ピート・ローズと同室だった。のちに大スターとなったローズが「実に野球のことを知っていて、大リーガーのABCをとことんたたき込まれた。それがのちに大いに役立った」と話していたと、パンチョさんから何度も聞かされたものだ。

 
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