ザ・ツアー選手権 ヘンリク・ステンソン イップス克服した両肩ショートスイング

2013.09.29

 プレーオフシリーズの第4戦でシーズン最終戦でもあったザ・ツアー選手権。初日から首位に立ったヘンリク・ステンソンが1度もトップの座を明け渡すことなく逃げ切って完全優勝を果たした。プレーオフシリーズでは第2戦のドイツ銀行選手権に続く2勝目で、フェデックスカップのポイントでタイガー・ウッズを抜いて年間王者となり、優勝賞金とは別にボーナス1000万ドル(約10億円)を獲得した。

 「こんな日を迎えることができるなんて、本当に信じられない。自分は、ことゴルフに関しては1度ならず2度もほとんど全てを失ったことのある人間だからね」

 1999年にプロ転向し、欧州ツアーからスタートして2001年には、ドライバーのイップスに襲われた。どうスイングしたらいいのか、どうすればボールをきちんとヒットできるのか。プロ生活を諦めるしかないのか。これが、最初のどん底時代だった。

 187センチの長身でプロ転向当時は細い体だった。プロとして戦っていくためには、もっとパワーが必要だと思い、筋力アップを図るための激しいトレーニングに取り組み、パワフルなボディーへと変身していったが、この変化が、それまでとは違うスイングを求めるようになっていた。

 これは、後で気が付いたことだというが、そのときにはイップスの原因はなかなか突き止められなかった。下半身主体だったスイングを上半身主体に切り替え「下半身は土台」と考え、スイング矯正して、イップスを克服した。

 この“難病”を克服して米ツアーに臨み、2007年のWGCマッチプレー選手権、さらには09年のツアー選手権に優勝、世界ランキングでも5位まで駆け上がった。

 ところが、11年にスランプに襲われる。2度目の試練であった。予選落ちが続き、12年シーズンは同ランキングで230位にまで転落した。

 短気だった。それまで自然にできていたことができなくなり、ミスがフラストレーションをたまらせて、やがて爆発する。ツアー選手権の優勝でツアーへの出場権はキープできていたが、3日目までコースにいる姿はほとんどみられることがなかった。

 「ドライバーからパターまで、何をやっても思い通りにはならなかった。というより、どうすればいいのかわからなくなってしまった」

 大切な技術や感覚を失って、絶望感に襲われた。コースに足を運びたくない。でも、気がつくと、やっぱりゴルフ場にいる。ステンソンを絶望のふちからよみがえらせたのは、やっぱり練習であった。

 右腰から左腰までのショートスイングの反復でジャストミートの感覚を呼び戻すと、次に右肩から左肩までのスイング幅に広げて、徹底して反復練習した。この調整でコンパクトで緩みのないスイングへの切り替えに成功した。

 「他の人の目にどう映っているかは知らないが、自分ではアイアンもドライバーでさえも(グリップの高さが)右肩から左肩の範囲でスイングしている。この感覚でスイングできるようになって、不思議なことにパターでも緩み、遊びのないストロークができた。また新しい感覚をつかめた」

 今シーズンの復活劇は、ボーナス以上に大きなものをステンソンに与えたのではあるまいか。自信を取り戻し、ゴルフへの情熱をかつてないほどに熱くさせた。ステンソンは、この後欧州ツアーへと戦いの場を移し、現在トップに立っている同ツアー賞金王をも制するつもりでいる。

 ■Henrik Stenson 1976年4月5日、スウェーデン・ヨーテボリ生まれ。99年にプロ転向、主に欧州ツアーを中心に活躍し、通算8勝。2006年から米ツアー参戦。07年に世界ゴルフ選手権シリーズ「アクセンチュア・マッチプレー選手権」優勝。09年「PGAツアープレーヤーズ選手権」で2年ぶり勝利。今季プレーオフシリーズの第2戦「ドイツ銀行選手権」で4年ぶりの優勝を果たすと、同シリーズ最終戦「ツアー選手権」で今季2勝目、通算4勝目を挙げ、シーズンを通したポイント争いで初の年間王者に輝いた。欧州勢としては初の総合優勝となった。187センチ、88キロ。

 

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