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大相撲はストイックな競技だ。一瞬で勝負が決するだけに、心の面をなによりも重視し、甘えや妥協を嫌う。そういう指導でも、稀勢の里を育てた先代師匠の鳴戸親方(元横綱隆の里)は厳しかった。
2008年8月にモンゴル巡業が行われ、肉中心の慣れない食事で体調を崩す力士が相次いだ。稀勢の里もそのひとりで、帰国後に腸炎を発症。秋場所前には腸ねん転と診断され、都内の病院に緊急入院した。出場は厳しい状況だったが、先代師匠は枕元でこう言った。
「オレは現役時代、何度も病院から場所入りした。その気になれば、相撲は取れる。いまはとても大事なときだ。オレなら休まない」
この場所、稀勢の里は3場所守った小結から転落し盛り返そうとしていた。この言葉を聞いて出場を決意し、退院する5日目まで病院から国技館に通った。さすがに水も思うように飲めない体では勝負にならず、4日目までは黒星続きだったが、5日目にはこの場所の優勝者、白鵬を気力で押し出し金星を挙げている。