Jリーガーから結婚プランナーに!幸せを演出

★元横浜M 阿部祐大朗さん(27)

2012.06.22


横浜Mで活躍した阿部さんは、ネクタイ姿で第2の人生を歩んでいる【拡大】

 サッカーW杯予選などの盛り上がりの一方で、Jリーグでは毎年100人近い選手がユニホームを脱いでいる。平均引退年齢は26歳前後。高校3年のときに横浜Mでデビューし、U−20日本代表にも選ばれたFW阿部祐大朗さん(27)も契約期間を1年残しながら、昨季限りで引退を決意。第2の人生をスタートさせた。(聞き手・夕刊フジ編集委員 久保武司)

 −−契約を残して引退したのは

 「人生の幅を広げないといけないと思って。周りには大反対されました」

 −−仕事は何を

 「ウエディングプランナーです。人と話して作り上げ、幸せにする素晴らしい仕事だと思いました。何しろ一生に1度のこと。結局、サッカーと似た仕事を選んだのかな…。いや、サッカーならミスは許されますが、仕事の決定機は外すわけにはいきません」

 −−きっかけは

 「現役時代の先輩の紹介です。1日に20〜30通も採用希望が届く会社なので、入れていただいて感謝しています。面接ではサッカーのことしか聞かれませんでしたが」

 −−新しい環境は

 「同期は15人。有名百貨店や航空会社など、第一線で働いていた方々ばかりです。僕はサッカーしか知らない。基本的なマナーや言葉も知らないし、伝えることの難しさを感じています。でも毎日がとても新鮮」

 −−他にも就活したとか?

 「最初は出版会社に行こうと、知り合いのふりをして“社長さんに会いたんです”と飛び込みで行きました。履歴書を渡して、ここで働かせてくださいと」

 −−相手は驚いた

 「はい。“気持ちはありがたいけど、まずは世の中をみて入社試験を受けてね”といわれちゃいました。でも地球環境の会社、広告代理店、看板のメンテナンス会社など、いいところまでは行ったんですよ。塾の講師はダメでしたが」

 −−現役には今もA代表で活躍する選手も

 「(GK川島)永嗣さんは2歳上ですがU−20で一緒にやっていました。長谷部(誠主将)さんは早生まれで同年代。若いころは今と違って、接触プレーをさけるテクニシャンタイプでした」

 −−今の日本代表をどうみているか

 「レベルは今が一番高いと思います。日本人選手が世界で生きる道を示してくれたのは、香川(真司)君ですね。ザッケローニさんはとてもいい監督だと思うのですが、ひと昔前の監督かなぁ…。同年代が代表になって、“あぁオレは何やってんだ”と悔しかった。もちろん応援しています。ただ試合は生で見られません、仕事がありますから」

 ■あべ・ゆうたろう 1984年10月5日、東京都町田市生まれ、27歳。桐蔭学園高3年で、特別指定選手として横浜MからJリーグデビュー。2003年U−20W杯日本代表、05年にJ2山形に移籍。その後、北信越の地域リーグ、J2徳島を経て、鳥取を最後に昨季限りで現役を引退。現在はウエディングプランナーとして「横浜モノリス」に勤務。

 

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