“リトルなでしこ”を世界一に導いた高倉監督の資質 サッカーより家庭をとった“行動力”

2014.04.08


リトルなでしこを世界一に導いた高倉監督。“家族愛”にも支持が高い(共同)【拡大】

 サッカーU−17(17歳以下)女子W杯で初優勝した日本代表が7日早朝に帰国。年代別を含めたW杯で日本代表が優勝したのは、2011年女子ドイツW杯での「なでしこジャパン」以来2度目の快挙。国際大会での初采配となった高倉麻子監督(45)が栄冠に導いた。

 6戦全勝、23得点(1失点)で成し遂げた“リトルなでしこ”の世界制覇に日本サッカー協会が大喜びだ。「なでしこジャパンを女性監督で」(協会幹部)という構想があるからだ。

 高倉監督は女子サッカーの酸いも甘いも知るたたき上げだ。福島生まれ。材木商を営む一家で育ち、小学校からサッカーを始めたが、彼女の10代は「本格的なサッカーがしたい」と、毎週末に福島から東京まで長距離“通学”の日々だった。

 中学時代は東京都リーグのFCジンナンに所属。地元女子高に入学したがサッカー部がなく男子校で練習し、週末は東京の三菱養和クラブへ。協会関係者は「新幹線のない時代ですよ。本当に大変だったと思います」と振り返る。

 和光大学に進学後、1985年に読売ベレーザに入団。一方で東京のベッドタウン、多摩センターでママさんサッカーの指導に携わったが「その指導が大好評で、ニュータウンのアイドル先生になった」(同)。だが98年、当時の社長が「女子サッカーにプロ契約は無駄」と女子プロ選手を否定。14年在籍した読売を飛び出した。

 「とにかく指導者としての資質があった」(同関係者)ことから、当時新設予定だったアルビレックス新潟の女子チーム監督へのオファーがあったが、「それだけはお受けできません」と固辞。99年に大阪の松下電器バンビーナに移籍した。

 その理由は読売時代に知り合い、結婚した夫の竹本一彦氏(元J1柏GM)が、ガンバ大阪に移籍するためだった。サッカーよりも家庭をとった、その“行動力”も現役主力選手からの支持が非常に高い。

 ドイツW杯優勝の“なでしこ”一辺倒だった日本女子サッカーに、ようやく新しい主役が誕生した。 (夕刊フジ編集委員・久保武司)

 

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