【W杯23戦士名鑑(6)】DF吉田麻也 兄貴たちへ恩を返す“嫁にしたい”強い男

★DF吉田麻也(25)サウサンプトン

2014.05.25


日本代表DF・吉田麻也【拡大】

 ザッケローニ・ジャパンにあって、この男が一番「もっている」かもしれない。センターバックのDF吉田麻也(25)=サウサンプトン=だ。

 小学生時代までに3度も交通事故に遭っている。そのうち1件は10メートル以上もはね飛ばされたが、かすり傷程度だったという。今でも吉田家に語り継がれる「伝説」の1つである。

 吉田家は長崎で離島から高校に通えない子供たちのための下宿を経営している。長兄・穂波(ほなみ)さん、次兄・美礼(みれい)さん。「どうしても3人目は女の子がほしかった」と両親の願いもあり、生まれる前から「まや」という名前が決まっていた。しかし、誕生したのは男の子。それならと「“麻”のように揉まれれば揉まれるほど強い男になってほしい」と「麻也」という漢字があてられた。

 「周りの協力がなければ今の僕はありません」という吉田。小学校6年生の時に家族で名古屋に旅行をした。旅のメーンイベントは吉田の名古屋グランパスのジュニアユースの入団テストだった。「絶対に合格するわけがない」と家族全員が思っていたが、結果は合格。約70人が受けて晴れてユースの一員になったのはわずか4人だった。

 ここからが吉田家の「家族の力」だ。三男の夢を叶えるために長兄が愛知県内で大学浪人をしながら同居。吉田の身の回りの世話をした。

 支えられたら支え返す。炊事、洗濯、整理整頓。下宿を営む両親の生業を見てきた吉田もこの手の“主夫業”がメンバーの中で最もうまい。特にザックJの海外組で独身貴族を謳歌するDF内田篤人やGK川島永嗣の身の回りの世話を“アシスト”。メンバーから「女だったら嫁にしたいナンバーワンは麻也」とイジられている。

 4年前の南アフリカW杯でのメンバー入りを目標にしていたが、当時は左足のけがに見舞われ、失意のテレビ観戦となった。

 名古屋でJリーガーのイロハを教えてもらった元日本代表GK楢崎正剛を「サッカー界の兄貴」と慕う。その楢崎は「初めて見た時から必ず、いつか日本ナンバーワンのセンターバックになってW杯に出るヤツと思っていた」と言う。

 2人が一緒にW杯に出場する機会はなくなってしまったが、ブラジルではこれまで支えてくれた「兄貴たち」のための恩返しが待っている。 (夕刊フジ編集委員・久保武司)

 ■吉田麻也(よしだ・まや) 1988年8月24日生まれ。長崎市出身。名古屋ユースから2007年にトップチーム昇格。09年にVVVフェンロ(オランダ)、12年にサウサンプトン(イングランド)移籍。U−23代表で08年北京五輪出場。10年1月のイエメン戦でA代表デビュー。12年ロンドン五輪にオーバーエージ枠で出場し、主将として4強に貢献。W杯初選出。189センチ、78キロ。血液型はO型。

 

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