【ジーコの想い】「絶対にやらない」一転…日本代表監督のオファーを受けた理由 (1/2ページ)

2015.02.25


W杯ドイツ大会への出場を決めた夜。ジーコ(左から3人目)とスタッフ全員で記念撮影 ((C)ZICONAREDE)【拡大】

 日本中が熱狂した2002年日韓W杯が終わり、Jリーグ再開に向けて鹿島がミニ・キャンプをしていた当時。チーム通訳だった私は、チームの番記者に「ジーコの日本代表監督就任はありですか?」と問われ、「200%ない」と笑い飛ばした。

 ウソ偽りはなかった。事実、それまでも代表監督候補に名前が挙がるたび、本人から「絶対にやらないから」と聞いていたからだ。その後も、「絶対にない」と一笑に付していたが、ある日の夜。宿舎の部屋に戻ると、ジーコから携帯電話に連絡が入った。

 いつも以上に弾む声だった。いつものような冗談をかわし、少しの間があって、ジーコはこう言った。「なあ、鈴木よ。オレと日本代表で一緒にやらないか? いろいろあるだろうが考えてみてくれ」と。言葉も出なかった。

 のちにジーコは、代表監督のオファーを受けた理由について、「最後に日本のためにオレがやれることはこれしかないと思った。そう判断したから受けた。それだけだ」と打ち明けた。

 そして、鹿島時代のように厳しい“鬼”になるかと聞くと、「もう時代は変わった。日本サッカーはものすごく進歩した。だからJリーグクラブで頑張っている選手たちが、持てる才能を十分発揮できるような、良い意味で家族的な雰囲気のある代表チームを作りたいんだ」と明かした。

 それからは、日本を良く知るジーコの描いた青写真を全力でサポートすると決めた。

 ジーコの最大の強みは世界のサッカー界に顔が効くことだった。当時、ほとんどの相手国は日本代表というより、「ジーコに勝つ」という気合で向かってきた。アウェーでの不当な扱いもあった。ジーコは「ニッポンをなめるな」と怒鳴りまくっていた。

 

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