【ジーコの想い】鹿島時代のジーコが直接オファーした唯一の選手 (1/2ページ)

2015.10.14


鹿島時代のレオナルド【拡大】

 ジーコは鹿島アントラーズ時代、多くのブラジル人助っ人を日本に連れてきたとされている。“カッパ頭”で一世を風靡したFWアルシンド、現役ブラジル代表の右サイドバックだったジョルジーニョ、FWベベトなど。だが、実はジーコ自身が直接本人にオファーした助っ人はたった1人しかいない。現在来日中のレオナルド氏である。

 「ワタシはもう走れない。日本のカシマに来てくれないか? ワタシのバトンを受けてほしい」

 1994年前期で引退したジーコは自分の後釜として現役ブラジル代表のレオナルドを選んだ。

 レオナルドは25歳で来日し、Jリーグで大活躍。96年にはフランスの強豪パリ・サンジェルマンからオファーを受けた。この時、「僕はカシマに残る」と言っていたが、ジーコは「君の将来のためだ。パリに行きなさい」とすすめた。

 この言葉でレオナルドは移籍を決意。パリ・サンジェルマンに合流したが、チームメートから「日本の鹿島に2年間もいたのか。無駄な時間だったな」と言われ憤慨したという。「ふざけるなと思って怒ったことがある」と話していた。

 2人の付き合いは30年以上になる。ジーコが「左利きの中盤なら」と、フラメンゴの下部組織でプレーしていた15歳のレオナルドをトップチームの監督にプロ契約を結ぶよう進言したことに始まる。以来、その関係は、袖振り合うも多生の縁という言葉がぴったりだ。

 

産経デジタルサービス

産経アプリスタ

アプリやスマホの情報・レビューが満載。オススメアプリやiPhone・Androidの使いこなし術も楽しめます。

産経オンライン英会話

90%以上の受講生が継続。ISO認証取得で安心品質のマンツーマン英会話が毎日受講できて月5980円!《体験2回無料》

サイクリスト

ツール・ド・フランスから自転車通勤、ロードバイク試乗記まで、サイクリングのあらゆる楽しみを届けます。

ソナエ

自分らしく人生を仕上げる終活情報を提供。お墓のご相談には「産経ソナエ終活センター」が親身に対応します。