【悼 Memory】元巨人寮長・武宮敏明さん 全盛期を支えた「鬼軍曹」

2010.02.16


武宮敏明氏通夜【拡大】

 告別式は、生前好んで聴いていたという「舟唄」「雨の慕情」「星影のワルツ」など往年の演歌のヒット曲が電子ピアノで演奏されるなか進んだ。優しい旋律のように、親愛の情で多くの人に慕われたのは間違いない。もちろん、鉄拳制裁も辞さない「鬼軍曹」として恐れられたのを前提として、の話である。

 元巨人軍選手で二軍監督。そして寮長として全盛期の巨人軍を支えた武宮敏明さんは1月15日、急性すい炎で死去した。享年88。告別式では金田正一、国松彰、黒江透修、柴田勲氏ら往年のV9戦士から駒田徳広、川相昌弘、井上真二氏ら多くの巨人軍OBが故人を偲んだ。

 「俺が一番怒られた」と語ったのは「一番の劣等生」を自認する柴田氏。「とにかく手を焼かせたね。毎日怒られてばかり」と当時を振り返った。「でも、ある時、『その分活躍してくれたからいいや』と言ってもらえてうれしかった」。

 熊本工業学校(現・県立熊本工業高校)野球部の2年先輩に川上哲治氏がいた。そこから人生が旋回。川上氏の薫陶を受け、巨人入団後も関係は続く。巨人時代は捕手。引退後は二軍監督。同時に巨人軍合宿所「多摩川寮」の寮長に就任。“鬼の時代”の到来である。

 門限を破った選手への鉄拳制裁は朝飯前。礼儀作法の悪い選手を竹刀片手に追い回し、未成年で喫煙をした選手には「20歳になるまで吸いません」とノートに毎日100回書かせた…など、この種のエピソードは数えたらきりがない。

 優しい顔もあった。教え子の1人、ジャイアント馬場さんには「お前は体が大きくて苦労するだろう」と特例で一人部屋を許した。ドラフト外で入団した西本聖氏には「プロに入ればドラフト1位もドラフト外も関係ない。努力した者が勝つんだぞ」とハッパをかけ、それが「雑草魂」の原点ともなった。

 だが、「11年前に母(夫人)を亡くしてからは少し元気がなくなっていました」と喪主の長男、敏郎氏。昨年暮れ、転倒した際、大腿骨を骨折。感染症も併発して手術した。その結果、体に負担がかかって急性すい炎に。生涯の先輩、川上氏は「あいつも引退して孫ができたりして楽しかったからよかった。今日、そっちにはいけないが、みんなによろしく伝えてくれ」。祭壇には大好きだった多摩川で撮られた笑顔の遺影が飾られていた。

(細田マサシ)

 

注目情報(PR)