マリナーズのイチロー外野手(36)の孤独な後半戦が15日(日本時間16日)からスタートする。低迷するチームはア・リーグ西地区最下位で、首位のレンジャーズから15ゲーム差をつけられ終戦モード。10年連続200安打を目指し、一人旅となる。今季も前半戦88試合(全162試合)でア・リーグ最多の118安打を放つなど、衰えを知らない肉体はまさに驚異的。イチローの新人時代に、オリックス2軍打撃コーチとして振り子打法を指導した河村健一郎氏(62)が、その秘密について語った。天才の育て方とは−。(聞き手・米沢秀明)
−−19年前、イチローを初めて見たときの印象は
「能力が飛び抜けて高いイメージはなかった。ただ、誰よりも準備してきたのはわかったし、この世界で飯を食ってやるんだという野性味があった」
−−具体的には
「体重は68キロしかない。シャープさはあったが非力だった。基礎体力を付けなきゃいけない段階だった。しかし、最初からタイミングを取るのがうまかった。下半身始動のスイングもできていた」
−−ところが1軍では実力が認められなかった
「(周囲から)詰まりやすい打撃だから改造しろといわれたが、打撃で一番大事なのはタイミング。改造するとそのタイミングが変わってしまうので、すべてがゼロに戻る。だからそのまま打たせた」
−−何も変えなかった
「欠点を直すより長所を伸ばすのが私の主義。イチローのスイングを見ていたら、プロで300打席打たせれば絶対に結果を出せると確信を持つようになっていた」
−−振り子打法も生まれた
「振り子といわれているが、あれは一本足打法。クイックで投げられたら振り子はできない。下半身から始動してグリップが最後まで残るかたちは今でも変わっていない。王(貞治)さんとは違う。王さんはピタッと動かない。イチローは何種類ものタイミングを持っていた」
−−イチローが大リーグのスターになると予想したか
「ここまでとは思わなかった。ただ、首位打者争いするレベルにすぐなると思った。若松、谷沢、藤田平を見ているから。最初に1軍に上がったとき打ち方を否定されていたから、定着して打ち始めたときには、『ほら見たことか、これはとんでもないことになるぞ』と誇らしかった」
−−走塁、守備は
「あそこまで足が速い印象もなかった。入団したときよりも、足は速くなっていると感じる。まだまだ鍛えているし、落ちていない。年を取ると足がまず衰えるがそれがない。大リーグの投手も年々レベルが上がっている。完璧な安打ばかりで記録を残すのは難しい。内野安打を考えながら打っているだろう。しかし、われわれがやってきたのはしっかり振り切るスイングだが」
−−肩は
「いまでこそレーザービームだけど、最初はがむしゃらな全力送球でどこにいくかわからなかった。走攻守ともに野性的だった」
−−イチローに伝えた打撃の核心とは
「打席の中でタイミングを合わせて、思い切り振り切れるようになること。それができるなら、あとはもう直すところはない。ヒットか凡打かは結果にすぎない。初球から振れる選手はなかなかいない。でもイチローは準備がいいからそれができた。1軍で否定されて葛藤(かっとう)もあったはずなのに」
−−どうしてイチローは迷わなかった
「子供のときからバッティングセンターで打ち込んできたからだと思う。鈴木家の教育が良かったのでは。親に感謝しないと」
−−コーチの一言が選手の成長に大きな影響を与えることも
「だからイエスマンだけじゃだめ。選手がかわいそうだ。高卒選手は打撃を変えるにしても3年先。打撃改造を指示されたとき、イチローもそんな時期ではなかった」
−−上からの指示に逆らうのはコーチとしては勇気のいることでは
「責任を持って選手を育てるにはそれなりの時間が必要だ。しかし、コーチには自分の意志ではどうにもならない異動がある。昨年までオリックスの2軍打撃コーチを務めていた藤井康雄スカウトもそうだ。T・岡田をファームで育てた立役者なのに、今年からスカウトになってしまった。指導力を適正に評価されないのはかわいそうだ」
−−イチローを上回る才能に出会ったことは
「打撃の素質だけだったら高橋由伸(巨人)の方が上だと思った。しかし身体がイチローほど強くないからシーズンを乗り切れない。イチローはロングティーで600スイングしても平気だった。福留(カブス)には厳しい練習に耐える体力もあり、イチローに近い能力があると感じたことはある」
−−もう1人イチローを育ててはどうか
「イチローにも教えられた。だから今は打率を5分上げる指導法を持っている。100打席で5安打余計に打てる方程式をね」
■かわむら・けんいちろう 1948年2月26日、山口県柳井市生まれ。野球アドバイザー。現役時代は阪急(オリックス)で捕手、DHとして活躍。76年オールスター出場。通算成績は632試合、打率・267、49本塁打、190打点。82年に引退し、阪急2軍打撃コーチ。イチローを育てた。その後、巨人2軍・1軍で、中日2軍、オリックス1軍で打撃コーチを歴任。現在は野球指導や講演で活躍中。
