世界最強の紳士、上原康恒さん

元WBA世界ジュニアライト級チャンピオンY.M.テニスガーデン経営

2009.11.24


上原さんは離れているからこそ、ボクシング界を冷静に見つめる【拡大】

 29日に迫った、内藤大助と亀田興毅のWBC世界フライ級タイトルマッチ。長野県軽井沢にも熱い視線を送る元プロボクサーがいる。沖縄出身の元WBA世界ジュニアライト級チャンピオン、上原康恒さんだ。

 「引っ越したのは28年前。歯科医をしている家内と結婚した直後だよ。世界チャンピオンになって金遣いがハンパじゃなくてさ。義理の父が『誘惑が多い東京から離れろ』って勧めてくれたんだ。なんせ、一晩で100万円ぐらいはザラだったから。ワハハハハ」

 話を聞いたのは、約700坪の敷地に、全天候型のテニスコート2面とペンション、貸し別荘がある「Y.M.テニスガーデン」。ペンション2階は沖縄料理がウリのレストラン。ともに上原さんがオーナーだ。

 口調は穏やか。現役時代にアフロヘアだった髪形は、きちんとくしを通した七・三。軽井沢へ行く前にボクシングジャーナリストから聞いた「温厚なジェントルマン」、そのものだ。

 同じ敷地内で歯科医院を開業している奥様の美穂さんは、快活で豪胆。サムエル・セラノから王座を奪った1980年8月の世界戦では、敵地・デトロイトへ単身乗り込み客席から大声援。「康恒ェー。何やってんだ、ブッ飛ばしてこーい」の叫び声の後、上原のカウンター右フック一閃。セラノがリングに沈んだのは今でも語り草だ。

 「ペンション経営と講演会の講師、地元高校のボクシング部へのアドバイス。それが今の仕事だよ。息子も娘も社会人で独立しちゃったから、後は無理せずのんびりだね」

 ジム経営に携わっておらず、プロボクシングに対しては常に第三者。そのため関係者からの相談も多い。

 さて、内藤Vs亀田戦。

 「今の時点じゃ五分と五分。内藤は持ち味のトリッキーな動きを貫き、自分のボクシングに徹すれば勝てる。亀田は内藤の懐にドンドン飛び込んでいって動きを封じるといいね。それと、老練な内藤のペースに乗せられてカッとしないこと。冷静に追い詰めれば亀田にも勝機は十分あるよ」

 かつての沖縄の星もついに還暦。先月末、故郷で関係者が祝賀パーティーを開催してくれたのも、やはり人柄といえよう。

■1949年、沖縄県那覇市に12人兄弟の4番目として生まれる。小学4年からボクシングを始め、沖縄中央高時代はインターハイ、国体優勝。日大時代に3年連続、全日本王者に君臨。72年、プロデビュー。75年に日本チャンピオン奪取。以降、通算10度防衛。80年、米国・デトロイトでサムエル・セラノを破って世界チャンピオンに。翌年、防衛第2戦でセラノに敗れて引退。32戦27勝(21KO)5敗。

 

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