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蘇る“正義の味方”

1.“生誕50年”月光仮面DVDが大人気

2.月光仮面モデルは月光菩薩

3.月光仮面「正体」の葛藤


1.“生誕50年”月光仮面DVDが大人気


【「変身しないヒーロー」に時代超えた支持】

 テレビ時代の幕開けを高らかに告げた国産初のヒーロー「月光仮面」のDVDが最近、売れ続けているという。誕生から半世紀をへて、“正義の味方”はなぜ蘇ったのか。

 東京都内の書店に今春、月光仮面の懐かしいモノクロ作品が廉価版DVDとして並んだ。

 「来年で誕生から50年を迎える。より多くの人に見てほしかった」。DVDを企画編集した宣弘企画の代表(65)はこう話す。同社の母体となったのは、月光仮面を手掛けた広告代理店・宣弘社(現・アドギア)だ。

 日本のヒーロー史に燦然(さんぜん)と輝く月光仮面は1958年、日曜午後6時からの10分番組としてTBS系でスタート。爆発的な人気を呼び、同7時からの30分番組に変更されて59年まで放送された。

 武田薬品がスポンサーとなった放送枠は、タケダアワーとして73年まで続き、本編開始前の「タケダ、タケダ、タケダー」のフレーズは、ヒーローの勇姿とともに人々の記憶に焼き付いた。

 ネオンサインの製作を得意とする宣弘社。“素人集団”の無謀ともいえる挑戦は、「放映時間になると銭湯から子どもが消えた」「平均視聴率は40%を超えていた」−など多くの逸話を生み出していった。通常100万円かかるとされた制作費だが、月光仮面は10万円という考えられないような超低予算で作られた。自宅を主人公の事務所として撮影したり、俳優が足りないため、社員が代わりに出演したこともある。

 拳銃とチューンアップされてもいない、ただのオートバイ。それでも、子供たちは憧れた。

 アイデアで勝負−。月光仮面の「生みの親」で4月末に亡くなった宣弘社社長の小林利雄の長男、隆吉(61)は、子どもながらにモノ作りの楽しさを肌で感じた。

 その後も、「隠密剣士」(62年)や「シルバー仮面」(71年)など数々の名ヒーローを作り出してきた。だが、時代の流れはヒーローたちに容赦はなかった。「仮面ライダー」(71年)や「ウルトラマン」(66年)など新しいヒーローの台頭で、74年のカンフーアクション物「闘えドラゴン」を最後に、ヒーロー物のテレビドラマ制作から撤退した。

 だが、一度は消えたヒーローが半世紀を越え、再び蘇った。「ほかの特撮物と決定的に違うのは、変身しないということ。常に生身の身体で敵と戦った姿勢が支持されるのでは」(隆吉)

 また、月光仮面は最後まで正体を明かしていない。ただ、歌詞に「何処の誰だか知らないけれど、誰もがみんな知っている」と含みを持たせている。郷愁なのか、強さへの憧れなのか答えはない。だが、隆吉は言う。

 「その辺りの謎かけも、魅力のひとつになっているのかもしれませんね」=敬称略



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