−−今だから言える−−
真説・グリコ森永事件(2)

口をつぐんだ被害者

 「江崎社長は、犯人を見ているはずなんだが…」

 グリコ森永事件が迷宮入りすることになる理由の一つに、誘拐事件の被害者であるグリコの江崎勝久社長の「口」をあげる捜査員が多かった。捜査協力依頼に対し、なぜか積極的ではなかったというのだ。

 昭和59年3月18日に自宅で誘拐された江崎社長は、3日後の21日、大阪府摂津市内の水防倉庫から自力で脱出した。警察に保護された当初は興奮した口調で話しだした。ところが、そこに飛んできた会社の役員としばし密談すると、態度が一転し、かたくななまでに口を閉ざしてしまったという。

 犯人とともに3日間を過ごした江崎社長が、犯人について何らかの情報を持っていたはずだが、突然口をつぐんでしまったのはなぜなのか?

 自分が下手に動くことで家族に危害が及ぶと思ったのか、犯人が撮ったというポラロイド写真の公開を恐れたのか。それとも企業秘密を暴露されることを恐れたのか−−。

 取材で壁にぶち当たるたびに思いをめぐらせてみたが、役員との密談の内容は、いまだナゾであり、推測するほかない。

 だが、そもそもこの事件は誘拐という目的がはっきりしている犯行態様のわりには、犯人の行動に一貫性のない不思議な事件だったことがひっかかる。

 犯人は江崎邸に侵入し、夫人を縛り上げるとき、夫人の「金はいくらでも出す」との申し出に「金はいらん」と返答。その後になって、江崎社長の身柄と引き換えに身代金10億円と金塊100キロを要求していた。

 さらに、江崎社長が「自力で脱出した」という水防倉庫からの脱出劇も、犯人自らが大事な人質の監視を解いたというのだから不可解極まりない。それもわざわざ購入してきた着替えを江崎社長に与えたうえ、足のロープを外して「逃げてください」と言わんばかりの“親切”ぶりだった。

 このことは当時、「会社側と犯人の間で話がついたからではないか」と記者の間でも話題になり、事実、グリコがひそかに要求された金を用意していたことも、後に発覚した。だが、犯人は金の受け取りにはさほど執着する様子をみせず、なぜかグリコ攻撃を激化させた。

総会屋の恐怖

 時効を半年後に控えた夏の夜、ある元警察幹部は「担当者必携」を手にとりながら、記者の追っていた「F氏犯人説」で、このナゾを説明してみせた。

 「FはSを頂点とする特殊株主グループの大手Kに属していたんだよ。江崎社長が口を閉ざした理由の一つがこの闇勢力に対する恐怖にあったと考えれば説明がつくだろう」

 担当者必携は、企業の総務担当向けに総会屋などの特殊株主グループをまとめたもので、超大物総会屋の名前がずらりと並んでいた。第一勧銀に絡んだ総会屋や現在も暗躍するフィクサーNをはじめ右翼、暴力団、警察・公安出身者、元銀行員、ブラックジャーナリストなど、その世界では名の通ったこわもてばかり…。

 それによると、問題のKグループは、警察出身のK氏が中心となり、記者が追っていたFやTなど20人近くの大物総会屋を当時率いていた。

 「グリコが当時、準備した金は10億円。それほどの金額をひそかに用意したというのには正直驚かされた。犯人はそういう隠し金があることを知っていたんだろう」と元警察幹部は当時を振り返る。

 「なぜその金を奪わなかったと思いますか?」

 「犯人の目的は、グリコと江崎社長に徹底して恐怖感を植え付けることにあったのではないか。会社の隅から隅まで知っているぞ、ということを見せることで、会社をつぶしかねない相手だと認識させ、社長自身を誘拐してみせることで、命すら危ないと思わせることにあったのではないか」

 はじめに「F氏犯人説」をにおわせた大物総会屋H氏も、事件前に商法改正に伴う江崎社長の総会屋に対する冷たい言動があったことを指摘していた。

 捜査の現場指揮に携わった別の警察幹部はこう語った。

 「グリコは創業以来、いろんな問題が起きている。息子の不審死、勝久と正道(弟)との関係、下請け会社との関係など挙げ始めたらきりがない。複雑な家庭事情や企業秘密のすべてを知っている者の仕業だろう」

 記者はある総会屋のせりふを思いだして慄然とした。

 「恐ろしさが分かれば企業はいくらでも金を出す。おれたちをなめちゃいけない」

(和田圭一)=敬称略


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