−−今だから言える−−
真説・グリコ森永事件(3)

捜査を惑わしたキツネ目の男

 人を食った挑戦状で挑発を繰り返す犯人「かい人21面相」に対する捜査は混迷を極めた。グリコにうらみを持つ者、過激派、元暴力団、総会屋、KCIA関係者、北朝鮮のエージェント…。不審なグループが浮かんでは消え、また浮かんだ。

 そんな中、2度にわたって現金取引現場に姿を現した「キツネ目の男」は、それまでナシのつぶてだった捜査の突破口になるかと思えた。捜査員は英語のFOXの頭文字をとって「F(エフ)」と呼び、割り出しに全力を注いだ。当時、Fとして最有力視されたのが、ご存じ『突破者』の著者である。

 警察庁は昭和59年4月12日、「広域114号事件」に指定し、捜査態勢を強化していた。その矢先の6月28日は丸大食品への恐喝事件で現金受け渡し指定日となった。犯人は場所を次々と指定し、かく乱を図ったが、現金の受け取りには失敗した。この時、刑事が不審な車両の中に目撃したのが「キツネ目の男」の始まりだ。不審人物Fはその後、11月14日ハウス食品脅迫でも目撃されるに至り、ますます嫌疑を深めることになった。

 ようやくつかんだシッポと思ったのだろう。警察は内々にFをほぼ特定し、“突破者”を最重要参考人とみなすようになった。慎重な捜査で労働組合運動や恐喝に関与していた過去を洗い出す一方、「キツネ目の男」の似顔絵を一般公開した。

 だが、記者には、警察の過剰なまでのFへのイレコミぶりを理解できなかった。

 まず第一に、Fはこの2つの現場以外で1度も目撃されておらず、グリコ脅迫で現金受け渡しとなった現場にも、姿を現してはいなかった。グリコ、丸大、森永などへ連続的に脅迫状を送りつけ、脅迫のテープを作成し、現金受け渡しの準備のために現場を下見、監視するなどの手口は、素人目にも複数のプロによる犯行と思われた。目撃されたFは帽子をかぶり、夜なのにサングラスをかけていた。だれが見ても不審人物と思われる格好で現場をうろつく犯人がいるとしたら、それは相当なドジだろう。

 社会の関心を「キツネ目の男」だけに集中させてしまう捜査手法はやはりリスクが大きかった。似顔絵公開から間もなく、刑事が目撃した当日に“突破者”が関西にいなかったことが判明したのだ。だが、他に頼るべき線もない警察は“突破者”には現場付近に土地勘があり、過去にグリコとかかわった経歴があったなどとして、捜査線上から消すことができなかった。

捜査陣と犯人の知恵比べ

 警察には同様なこだわりが他にもあった。「53年テープ」と呼ばれるモノの存在で、これが当時ささやかれた「過激派犯行説」の源となった。

 このテープは53年8月にグリコの役員宅に送られたもので、「京都の知り合いの過激派連中がグリコから3億円を脅し取る計画を進めている」とし、自分が仲介するから1億7500万円を出せという内容が吹き込まれていた。警察はそこに登場する左翼、そしてテープを送った人物にこだわった。

 捜査員の間で「北陸の男」と呼ばれ、現場に残された遺留品との関連が浮かび上がったが、いずれも犯人と特定するまでに至らなかった。「Fを泳がせたのは、このテープにこだわって公安主導の捜査が行われたため」と吐き捨てる刑事畑の捜査員もいた。怨恨説や身内犯行説も犯人のターゲットが他の食品会社に及ぶに至って崩壊してしまった。

 ある元警察幹部は「グリコだけなら身内犯行説は十分に成り立っただろう。しかし犯人が丸大食品、森永製菓、ハウス食品工業、不二家、駿河屋を次々に狙っていったことはどうにも説明がつかない。ましてや動機も目的も説明がつかない。完全に警察の捜査ミスだった」と振り返った。

 確かに警察の捜査は次から次に起きる事件に振り回された。しかも、犯人の挑戦状から、同年4月2日の現金6000万円要求の際に張り込みが見破られ、5月26日、6月2日のときには、犯人が近くで見ていたことまで明らかにされている。「捜査陣と犯人の知恵比べ」は、情報に長じた犯人のワンサイドゲームだった。犯人は常に警察の近くにいたのではないか?

 記者が追っていた大物総会屋犯人説の主人公・F氏はキツネ目ではないから「F」ではない(ややこしいが…)。しかし、所属していた総会屋グループのリーダーが元警察官だったこともあり、警察情報には通じていた。さらに、とりわけ攻撃が執拗だったグリコと森永の2社に特別な感情を抱いていた。

 「この2社に共通するのはもともと総会屋に冷たかったことだ。ケチで生意気だと思われていた。それが商法改正を盾に総会屋を切り捨てたんだ」

 記者が試みた最後の直撃取材でF氏はついに口を開いた。

(和田圭一)=敬称略


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