−−今だから言える−−
真説・グリコ森永事件(4)

疑惑のF氏が口を開いた

 時効前日の今年2月12日の早朝、記者は長年、「グリコ森永事件の犯人ではないか」とにらんでいた超大物総会屋F氏の都内にある自宅のインターホンを押した。警察はすでに「敗北宣言」を出していた。記者の手元に何か証拠になるものがあるわけではなかったし、まして事件を解決してやろうなどという気もなかったが、直撃せずにはいられなかった。

 だが、F氏は記者の前に姿を現さなかった。インターホンごしに、応答に出た女性に取材目的を告げたのだが、しばらく待たされた後、「今日は出かけています」との硬い声が返ってきた。帰る際、玄関わきの部屋のカーテンが揺れたような気はしたが、それ以上はなすすべもなかった。記者は行きつけのスナックで翌朝午前零時の時効の瞬間を迎えた。

 ところが、時効から約3週間たったある日、「Fが再び動き出した」との一報が入った。

 F氏はこの十数年、総会屋活動をやめて、おとなしくしていたはずなのだが、時効直後というあまりにも疑わしいタイミングで活動を復活させたというのには正直驚かされた。

 私は再び、F氏を訪ねた。

 「もう時効なんだよ。好きなように書いたらいい」

 電話でのやりとりを経てようやく姿を現した白髪の老人はまっすぐに記者を見て言った。

 それまで聞いていた「常に折り目の入った背広姿で登場し、機関銃のようにまくしたてる特徴がある。風ぼうは想像されるようなこわもてではない」という風評通りの人物だった。

 そのF氏が私の目の前で、しばらくぶりに某企業の総会に出席したことを認め、グリコ森永事件について話を始めた。

 「私はグリコ森永事件には関係していない」

 「でもあなたの仲間は、あなたがグリコ、森永、ハウスと関係があったと言っています」

 「グリコも森永もアメと粉を売って商売している会社だということは知っているよ。あの会社がケチだということもね。創業者がケチでね。あの息子が死んでその息子が勝久でしょ」

 F氏はグリコは知らないといいながら続ける。

 「創業期は大変だったと思いますよ。だいたいね、あそこはボーナスもやらない会社だからね。やはりその辺から事件は出てきているんじゃないか」

 記者は、一連の事件でグリコ以上に激しい攻撃にさらされた森永についても聞いた。

 「森永なんてのは役員が銀行から来ているとこでね。ケチで生意気だった。入るすきがないほどガチガチのとこだった。問題が起きる根は森永自体が持っていたということだよ」

強大な権力の影…

 しばらくすると、F氏は商法改正について熱弁をふるい始めた。昭和57年10月に施行された改正商法は、総会屋絶滅をもくろむものだった。総会屋は生き残るために情報誌や機関誌を発行してきたが、取り締まりが強化され、次第に苦境に追い込まれていったという。

 「会社も悪いのがいっぱいあった。会社はオレたちのような与党総会屋を使って、悪い部分が露見しないようにしていたクセに、急に『悪いのは総会屋だ』と言うようになった。だいたい総会屋が絡んだ何百億円、何千億円という金はほとんど九割が政治家に流れていたんだ。会社は『先生に迷惑がかかるとアレだから』と及び腰になったわけだよ」

 F氏は総会屋側の理屈を早口でまくしたてた。それでF氏はそのような企業に対して黙っていたのだろうか。

 「例え話だが、恐喝するんなら相手は大きければ大きいほどいい。500社の業界があったらそのうちの10社をつぶしてしまうぐらい脅す。仮につぶれてもいいわけだよ。なぜなら残りの490社は黙っていても金を出すようになるからだよ」

 グリコ森永事件以降、一般には知られなかったが、総会屋は再び自分たちの領域を確保していた。それが明るみに出たのは4大証券と第一勧銀が大物総会屋に巨額の利益供与を与えていた事件である。これらの企業は株主総会を円滑にしてもらう見返りとして大物総会屋に7億円の金を出し、さらに100億円以上の融資まで行っていた。

 「企業は金を出す。だがその金は結局、われわれじゃなく政治家の懐に入っていることを忘れないでほしい。その最たる悪の政治家がTでありKだ。彼らがだれよりも一番よく犯人を知っているんじゃないか」

 F氏は最後にこう話すと席を立った。

 私はF氏を見送りながら、ある警察庁幹部が「あの捜査では横槍がどんどん入った。だれとはいえないが、政治家やある大物が“圧”をかけてきた」とこぼしたのを思いだしていた。

 「わしら つかまらへん」

 かい人21面相はその言葉通りに消えた。その闇の背後には闇を食って生きる強大な権力の影がちらついていた。

(和田圭一)=敬称略、この項おわり


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