−−倉木麻衣“平成の歌姫”伝説−−
秘密のクッキー(1)

だれもがクビをひねった巨額先行投資

 数々のヒットを飛ばし続ける倉木麻衣(17)。立命館大学産業社会学部の入学試験に合格、8日には第6弾シングルとしてNHK朝の連続ドラマ小説「オードリー」の主題歌がリリースされるなど話題は尽きないが、その露出度は極めて少なく、ナゾと秘密が多いことで知られている。“平成の歌姫”を徹底解剖した。

 倉木がデビューしたのは、昨年12月8日。宇多田ヒカル(17)のデビューから、ちょうど1年後のことだった。今でこそ、宇多田とライバル視される倉木だが、当時、彼女を注目する声が、どれほど業界内にあっただろうか。

 「倉木は、その2カ月前、米国デビューをしている。宇多田に対抗するため、まず米国で売り出し、ハクをつけようと戦略を立てた」(音楽関係者は)

 確かに、倉木は99年10月、「Baby I Like」で全米デビューを果たしている。同曲はレコーディング・スタジオ「サイバーサウンド」のオーナーで、米人気ロックバンド「ニュー・キッズ・オン・ザ・ブロック」ら多数のアーチストを手がけてきたペリー・ガイヤーがサウンド・プロデューサーを担当。レコーディングには、「ニュー・キッズ−」のソングライターでツアー・メンバーとしても参加しているアーティストらが協力した。

 「海外の大物プロデューサーやミュージシャンらが、倉木のデモテープを聴き、『心を動かされ』全米デビューになったとされますが、実際は金でプロデュースを依頼したんでしょう。全てお膳立てされた中で全米デビューを果たしただけ」(前出の音楽関係者)

 大手レコード会社幹部の一人も、「いくら何でもデビュー前の倉木にそこまで金を投資するものなのか、正直言って疑問。今、新人を一人育てるためには最低でも5000万円、ヘタをすれば億単位の金がかかります。先行投資で真っ白な新人を海外の大物プロデューサーを起用し、全米デビューさせるのは、リスキー過ぎます」。

 だが、彼女の声には、マドンナやU2のヒット曲を多数手がけてきた米国のダンス・プロモーターのマーク・カミンズらが絶賛したという。

 そして、今や“平成の歌姫”にまで進化した倉木。米国デビューという危険な賭けに勝ったわけだが、その裏には、倉木を売り出したプロデューサーが若干16歳だった彼女にアーティストとしての大きな可能性を見出したことだけは事実だろう。

 そのプロデューサーが長戸大幸氏。90年代半ば、歌謡界には「ヒットの3要素」として「KDD」と言われたことがあった。ヒットは「カラオケ」「ドラマ」(テレビドラマの主題歌)、そして「(長戸)大幸」から生まれるという意味でつけられた造語だ。

 長戸氏は「踊るポンポコリン」の大ヒットで一躍注目され、その後、T・BOLANやWANDS、ZARD、大黒摩季、B、zら90年代を代表するアーティストを次々に輩出した。

 「長戸さんのヒット戦略は、アーティストの露出を極力抑え、ドラマ主題歌、テレビスポット(楽曲のCM)などをメーンに据えていくこと。その代表格がZARD、大黒摩季ら女性ボーカリストだった」(音楽評論家)

 こうした長戸氏のヒット戦略は小室哲哉氏に引き継がれ、エイベックスなど多くのレコードメーカーが取り入れ、ヒットを生み出す原動力になった。つまり、倉木成功の背景には、“戦略家”長戸氏の存在があったのだ。

(芸能ジャーナリスト・渡辺裕二)=敬称略


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