−−倉木麻衣“平成の歌姫”伝説−−
秘密のクッキー(2)

“宇多田パクリ騒動”の真相は?

 ヒット曲を連発する倉木麻衣(17)。8日には、新曲がリリースされるが、デビュー曲「Love Day After Tomorrow」は昨年12月8日の発売だった。“平成の歌姫”伝説の始まりである。

 同曲は発売直後はソコソコだったが、年が明けてから注目され始め、2カ月が経った頃からセールスを伸ばし、150万枚を超えるまでになった。その後、「Stay by my side」「Secret of my heart」「NEVER GONNA GIVE YOU UP」など4枚のシングルを立て続けに発売し、6月28日にファースト・アルバム「delicious way」を発売した。

 アルバムは、400万枚を突破するほどのセールスとなり、チャート誌「オリコン」のアルバム・チャートの初動ポイントでは221万8640点を獲得、女性アーティストとしては新記録を樹立した。

 そんな倉木を一躍有名にしたのが「宇多田ヒカルのパクリ騒動」だった。

 発端は、歌番組「HEY! HEY! HEY!」(フジテレビ系)に出演した宇多田が、ダウンタウンの浜田雅功と松本人志から「おまえのパクリが出てるやん」と煽られ、流れから宇多田が「最初聞いた時『アレッ、私?』って」と発言したことだった。

 「この騒動は、倉木の所属事務所が局に内容証明書を送り付けるなどの問題になった。というのも、この頃、高校を倉木は千葉から関西に移った時で、このパクリ発言からクラスのイジメに合ったというんです。で、倉木が『学校に行きたくない』と言い出すこともあった」(週刊誌記者)

 倉木は宇多田をパクったのだろうか? 音楽評論家の富澤一誠氏は、「宇多田のパクリだったら、アルバムが400万枚も売れるわけない。しかも、倉木の場合はシングルを出せば必ず売れる。パクって売れるんだったら、何だって売れてしまう」。

 確かに、宇多田の登場以来、R&Bがブームになり数々のアーティストが出てきた。しかし、彼らが全て「売れた」わけではなく、倉木だけが独り勝ちしたかっこうだ。

 音楽関係者は、「パクリというが、そのパクリ自体の規定が曖昧。しかも、倉木の場合、作詞だけしかやっていないので、詞が宇多田のパクリなのか、ということになってしまう。結局、あの騒動は番組に出てくれた宇多田へのリップサービスだったと思う」。

 2人が比較されるのは、同じ17歳だったことに加え、後続の倉木が宇多田に迫るまでになったことが大きな要因だったのだろう。

 洋楽に詳しいレコードメーカー関係者は話す。

 「パクリと言うんだったら、宇多田が研究した洋楽を、倉木も同じように研究したんだと思う。宇多田も倉木も、もとは洋楽のR&Bを邦楽に取り入れたに過ぎない。ただ、宇多田に比べ倉木はデビューが1年遅かっただけに、当然、宇多田の作品を研究したのでしょう。つまり、宇多田をバージョンアップしたのが倉木だった」

 ただ、ヒットの大きな要因は、倉木のボーカルを生かした楽曲づくりだった。それは、プロデューサー、長戸大幸氏の感性としか言いようがない。

 だから、前出の音楽関係者は「アーティストのタイプから言ったら、倉木は宇多田よりZARDや大黒摩季に近い部分があるかもしれない」と話している。

(芸能ジャーナリスト・渡辺裕二)=敬称略


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