−−児童惨殺事件−−
心の闇と傷(2)

宅間の育った家庭環境は

 兵庫県伊丹市内の2階1戸建。

 朽ち果てた冷蔵庫、錆だらけの自転車3台が玄関周囲に放置され、阪神・淡路大震災のときに道路側に傾いだブロック塀が、いまにも崩れ落ちそうだ。

 「あれは確信犯と思うで」「常々危険人物と思ってた」「何でこんな重い荷物を背負って生きなならん」「舌噛んで死ね」…。

 連日、取材に訪れる報道陣に、宅間守容疑者(37)の父親(68)=無職=はこんな返答を繰り返している。

 息子を厳しく育てたという父。史上例のない凶悪犯罪の底流には、そんな家庭環境もあったのだろうか。

 1963年11月23日、兵庫県伊丹市に生まれた同容疑者は物心がつくかつかないうちから父親に叱責、殴打、ときに木刀も不利折らされる環境で育ったという。安全地帯であるはずの家庭。そこですら安住できず、蓄積したストレスは、学校や小動物に向けられ、爆発する。

 小・中学時代から強者に迎合し、自分より劣ると判断した同級生を「奴隷」と名指しした。「宅間さま」とかしずかせ、「調子に乗るな」と因縁をつけて暴行。女生徒が横切れば、唾を吐きかけた。

 そればかりではない。燃やしたドラム缶に生きたままの猫を入れたり、布団です巻きにして川に流す。成長するにつれ、些細なことで母親を殴り、家庭内暴力を繰り返したという。

 精神科医の日向野春総氏は人格の形成過程について、こう言及する。

 「父親の言動から察するに愛情を傾けるより、初めから(子供を)捨てているのではないか。容疑者の狂気の原点は、甘えたい欲求を否定され続けた結果。容疑者にとって、世間の話題になるようなことでもしない限り、父が振り向いてくれないと思い、悪いことであろうと目立ちさえすれば、との思考に至った」

 上智大学名誉教授(犯罪心理学)の福島章氏も、「幼児期に親から虐待などを受けた子供は粗暴になる率が高い。意味のない暴力があったとすれば、それが『しこり』になり、肥大化した可能性はある。中学になれば思春期に入り、それを契機に(奇行として)噴出していったのでは」と同様の見方をとる。

 悲しいかな、学校という集団社会で協調性を回復できず、「逆に反社会性を募らせた」と日向野氏は指摘し、続ける。

 「家庭でしっかりした社会生活のトレーニングを受けていないから、協調性が保てない。だから、学校という集団生活に適応できず、いいイメージをもっていない。こういうタイプは、社会の模範のようなエリート学校を毛嫌いする。事件の背景には、復讐の感情があったのかもしれない」

 惨劇から10日が過ぎた。大阪府警池田署捜査本部の取調室では厳しい追及が続いている。だが、宅間容疑者からは反省の言葉はいまだ届かない…。

(水沼宣之)


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