−−「武蔵」ブームの裏−−
放映前夜(3)

生誕地争い…岡山vs兵庫

岡山県大原町では「青年期宮本武蔵像」(富永直樹氏制作)前で、巌流島決闘の寸劇も行われる
岡山県大原町では「青年期宮本武蔵像」(富永直樹氏制作)前で、巌流島決闘の寸劇も行われる
◇ウチこそは本当の郷里

 江戸初期に二刀流で無敵を誇り、「剣聖」とも呼ばれた宮本武蔵。だが、その生誕地をめぐっても、岡山県説と兵庫県説が相譲らない“二刀流”であることは意外に知られていない。観光を中心に数百億円規模の経済効果が期待されるNHK大河ドラマ『武蔵 MUSASHI』の放映スタートを前に、ご当地関係者はソロバン片手に「ウチこそは本当の郷里」とPRに熱がこもる。

 「観光客を呼び込むには声が大きい方がいいに決まっている。大体、ウチが観光整備してきたのは昨日今日じゃない」

 関係者の鼻息が荒いのは、智頭急行線に「宮本武蔵駅」がある岡山県大原町。

 同町が生誕地とされるようになったのは、明治41年、熊本の「武蔵顕彰会」による調査で宮本村(現・大原町)が生誕地と確認されて以来。同町産業振興課は「古事帳や家系図などによって確認された」と話す。

 また、大河ドラマの原作になった吉川英治の小説『宮本武蔵』も大原町を生誕地としている。

◇巻き返しに、兵庫は必死…

 一方、「小説武蔵はフィクションで、史実によれば武蔵は播磨の生まれだ」と、巻き返しに必死なのは兵庫県勢だ。

 根拠は、武蔵が自著『五輪書』で「生国播磨の武士新免武蔵藤原玄信」と記していることだ。

 本人が書いているのだから間違いないはずだが、吉川の小説出版後に発見された資料や研究で裏付けられたため、出遅れ感が否めない。

 有力なのは同県高砂市を生誕地とする説。武蔵の養子・伊織が武蔵の死後、加古川市の泊神社を修復した際、残した棟札に、「武蔵が播州米堕村(現・高砂市)の田原一族に生まれた」と記されている。

 また、地誌『播磨鑑』には、「武蔵は揖東郡鵤の庄宮本村の産地」とあり、同県太子町を生誕地とする説もある。

◇それでも、岡山が逃げ切りか

 だが、現段階で生誕地としての認知度は、かねて『武蔵の里』としての売り込みに熱心だった大原町が圧倒的だ。

 同町は生家跡や生誕地の碑のほか、武蔵資料館や武蔵の銅像、温泉「クアガーデン武蔵の里」、町立「宮本武蔵武道館」まである充実ぶり。

 13年に年間5万3000人だった武蔵資料館の入館者数が今年は10万を超えるなど、大河ドラマ効果が現れており、年末には、町がNHKから過去の大河ドラマのパネルや資料を借りて作った『大河ドラマテーマ館』をオープンさせる予定。

 毎年、大河ゆかりの地への旅行を企画販売する近畿日本ツーリストは「大原町の武蔵の里へ立ち寄るツアーは企画しているが…」。JTB広報室も「武蔵が兵庫生まれとは知らなかった」。

 こうした声に、兵庫県勢も高砂市長らが「史実は動かしがたい」と、NHKに播州説を採用するよう働きかけるなど必死の巻き返し。その甲斐あってか、ドラマでは生誕地をはっきりさせず放映されるようになった。

 兵庫県観光交流課は「県内には他にも武蔵が初決闘に挑んだ佐用町や、武蔵が天守閣の妖怪を退治した逸話が残る姫路城などゆかりの地が多いので、『播磨の武蔵』でPRに力を入れたい」。

 はたして、軍配は…。ドラマ放映とともに生誕地議論は過激になりそうな気配だが、両県は先ごろ、「どちらが本当かは結論の出ない話。本音はともかく…」と、平和裏に観光PRで協力することを発表している。

(櫃間訓)


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