−−イラク戦争−−
露出する「あの主役」は…(3)

サハフ情報相/アジズ副首相

サハフ氏
若い頃はNHKで研修を受けたこともあるサハフ氏
◇師弟関係の2人

 イラク戦争の開戦直後から、イラク国営テレビなどを通じ、幹部死亡説や不利な戦況を「米メディアを利用した心理作戦だ」と、批判し続けているのがイラクのサハフ情報相(63)。アジズ副首相(67)も、独裁者フセイン大統領のスポークスマンとして“活躍中”だ。そんな2人には、ちょっと意外な経歴が…。

 サハフ情報相は英語教師を目指して勉強していた1963年、フセイン大統領が幹部だったバース党に入党。68年の無血クーデターの際、イラク国営テレビ、国営ラジオの確保を命じられ、74年までマスコミのトップを務めた。

 アジズ情報相(現副首相)のもとで働いた後、インド大使、イタリア大使、国連イラク代表など国際的ポストを歴任。その後、外務担当国務相となり、92年には、外相に就任した。

 だが、一昨年3月、アラブ連盟首脳会議前の外相会談でフセイン大統領からパレスチナ情勢を中心議題にするよう指示されたが、イラク問題が浮上したことで、クビにされたとされる。

 中東情勢に詳しい放送大学助教授の高橋和夫氏は「外相を更迭され、情報相となったが、もともとは情報省の叩き上げ。若い頃はNHKで研修を受けている有能なテクノクラート。情報省は国内海外のメディアを抑える重要な役所で、そのなかでも政権スポークスマンとして理路整然とやっている」と話す。

 一方、対外的なスポークスマンとして、世界に知られているのがアジズ副首相。

◇堪能な英語力で生き残る

 開戦当初、一部の外国メディアが流した逃避説や殺害説を自ら会見に登場し、「大統領も私もイラクで生まれた。ともにイラクで死ぬことになるだろう」と否定、徹底抗戦を表明してみせた。

 イラク北部の中流家庭に生まれ、父親は下級官僚だった。イスラム教世界に合わせ、マイケル・ユハンナの名を改名したが、政府高官の間では珍しいキリスト教徒だ。

 バグダッド芸術大学では英文学を専攻。英語教師、ジャーナリストを経て、57年にバース党入りし、フセインと出会い、英国の君主国家の発想を捨てたとされる。

 「フセインの出身地ティクリート一族との接点もなく、キリスト教徒でありながら、77年には革命評議会メンバー入りした。気まぐれなフセインによる軍や高官の粛清のなかで、生き残ってきたのは堪能な英語力のおかげ」(中東研究家)

 84年には訪米し、今は不倶戴天の敵・米国との国交回復を実現した。CNN記者は「葉巻を好むアジズは、私が会ったことのあるアラブ人の中で最も理路整然とした男」と評している。

 前出の高橋氏も「英語がうまく、フセイン政権の対外的な弁護役としてよくやっている。キリスト教徒なので政権を脅かすこともなく、フセインにとっては安全パイ。ローマ法王に会って反戦のデモンストレーションをするなど海外世論対策ができる人物」と話す。

 軍事評論家は「カタールの衛星テレビ・アルジャジーラなどを利用したイラクのメディア戦略は91年の湾岸戦争時と比べ、はるかにたけている」と評している。

 だが、一族や親族で固めるフセイン政権への影響力となると、サハフ情報相もアジズ副首相も「意見できる立場には、ほとんどない」というのが共通した見方だ。

(清野邦彦)


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