アンジャッシュの渡部建さんが豊洲市場で働いているという報道があった。
著名人スキャンダルというモノは、自由主義社会においては市井の潤滑剤のようなものである。
だが、それは熱愛、不貞、離婚、薬物、暴力、借金などの話である。墜落した著名人が、何か心の支えを見つけようとする行為を笑いものにするべきではない。
そんなことが堂々とスキャンダルになるというならば、日本は自由主義社会ではないということになってしまう。
だが、世の中は是正する力がある。その報道に対して、意地悪なコメントが多い「大手掲示板」では、彼を庇護(ひご)するコメントは少ないものの、犯罪でもない行為を「あざ笑う」報道に対して、やり過ぎだと苦言を呈しているものが数千件も書き込まれていた。
これは社会的なリンチであり、社会の鑑となるべきマスメディアがそんなことをしているかぎりは、イジメ問題やパワハラなどがなくなるはずがないと強く批判している方もいた。
世間が「ドン引き」するほどの逸脱感があったのであろう。報道側はその逆転感覚が分からなくなっているのか。
テレビ、新聞、雑誌、ラジオの広告費が落ち込んでいく中、インターネットの広告費だけが2桁成長していることも、既存マスメディアが空気感を見失っている結果かもしれない。
そこにコロナ禍の混乱がさらに症状を悪化させているのは間違いない。
この感覚の分断を、マスメディアは高学歴の頭を振り絞って熟慮すべきだ。世間の感覚を支配できた過去の「キラメキ」がいまだに忘れられないのだろう。
新型コロナウイルスが日本全土を混乱させてから、気がつくと1年が過ぎようとしている。
昨年の今頃、まだこの未曾有の世界的危機に対して現実味がなかった。数カ月もすれば元に戻るだろうくらいに軽く考えていた方も多いのではないか。
だが、昨年4月7日に当時の安倍晋三総理が緊急事態宣言を発出したのを境に、何やらこれは「人類規模」のまずいことが起きているようだと冷静になった。
その日から1年間、振り返ると記憶が曖昧である。仕事の内容や出来事を時系列で書き出してみると、それなりにいろいろとあったが、過ごしてきた時間に筋道がなく重みもない。退屈な夏休みをフラフラと過ごしていたかのようだ。
おそらく未来が見えない恐怖から逃れるために、自分自身で、時間感覚を停止させているのではないか。私の中で、大事な機能の一部が「故障」している証拠だ。
だが「故障」に気がついているということが私の強みであり希望だ。車でも同じであるが、一番質が悪いのは、「故障」に気がつかずにアクセルを「堂々」と踏み続けるドライバーだ。数万円の修理費で済むところを、廃車にしてしまうこともある。
三寒四温、いよいよ暖かくなってきた晴れた空を見上げながら、少しだけ未来に思いをはせてみた。
■大鶴義丹(おおつる・ぎたん) 1968年4月24日生まれ、東京都出身。俳優、小説家、映画監督。88年、映画『首都高速トライアル』で俳優デビュー。90年には『スプラッシュ』で第14回すばる文学賞を受賞し小説家デビュー。主な出演番組は『アウト×デラックス』(フジテレビ系)など。YouTube公式チャンネル『大鶴義丹の他力本願』も随時更新中。公開中の映画『めぐみへの誓い』で拉致の実行犯役を演じている。4月10~18日に東京・日本青年館ホール、5月2~5日に大阪・COOL JAPANPARK OSAKA WWホールで上演される舞台『BACK TO THE MEMORIES』に出演。