「紀州のドン・ファン」こと、野崎幸助さん=当時(77)=の元妻としても有名だった須藤早貴容疑者(25)が4月28日朝、殺人などの疑いで逮捕された。夫を急性覚醒剤中毒にさせて殺害した容疑である。
当局は捜査の結果、夫が覚醒剤を摂取させられたとみられる時間帯には、須藤容疑者しか自宅にいなかったこと、事件前にインターネットで覚醒剤について調べていたことなどが分かったという。
私はこの「紀州のドン・ファン」にまつわる一連の事件にどうしてなのか、やじ馬根性以上の強い関心を抱いてしまう。
彼の著書には、「金と美女」という欲望の人生論が赤裸々につづられている。そんな彼を揶揄(やゆ)する方も多いが、私は彼の生き方がまったく嫌いではない。簡単な理由だ。
「金」と「美女」が嫌いな男はいないのに、99%の男は、それが「人生のすべてだ」とは言おうとしない。もっと崇高なものがあると言わんばかりだ。
だが私は思う。もしかすると、男の人生とは結局、そんなものかもしれない。男として歴史の頂点に立つアレキサンダー大王もチンギス・カンも、結局はそんなことが原動力だったのではないかと。
成り金レベルではあるが、野崎さんは男としての頂点にたどり着いた。使い切れない貯金残高と美女の肉林。それがうらやましくないという男がいたら嘘つきだ。
だが同時に私は思う。その風景の本当の感触や味はどんなモノであったか。人生の意味を知るほどに甘美であるのか、もしくはその逆なのか。ぜひともそれを知りたい。
振り返ると、事件は3年前だ。急性覚醒剤中毒で死亡した資産家の新妻は、55歳年下だという。一昔前の「2時間ドラマ」のようなドラマツルギーに、こんな分かりやすい事件が起きるのだろうかと驚いた。
当然のように、この若い妻が疑惑の人物としてメディアにクローズアップされた。多くのメディアが死肉にたかるハゲタカのようだった。真実味があるものから明らかなホラ話、果ては元妻の扇情的な過去までメディアジャック状態であった。
捜査当局では証拠が固まっていて、「数日中に妻を逮捕」というような刺激的な記事もあった。
だが、そんな空騒ぎとは裏腹に、いつまで待っても逮捕者が出てくることはなく、「迷宮入り」という言葉が誌面を飾ることもあった。
コロナ禍もあり、ほとんどの方がそんな事件も忘れかけていた春たけなわ。「紀州のドン・ファン」という文字が再びメディアを飾った。
連行されていく須藤容疑者の、うつむいたマスク姿の長い黒髪の間から右目がはっきりと見えた。その右目は瞬きもせずに、ただ一点を、強くむなしく見つめているように見えた。
私がその目の奥に感じたドラマは、金持ちジジイをさっさと殺して、遺産を独り占めなどという安っぽいものではなかった。夫を殺すことはそんな単純なことではない。何かもっと複雑で悲しいドラマがあるはずだ。
いつかすべてが明らかになったならば、実話を元にした前提で、映画や小説にしてみたいと思った。
■大鶴義丹(おおつる・ぎたん) 1968年4月24日生まれ、東京都出身。俳優、小説家、映画監督。88年、映画『首都高速トライアル』で俳優デビュー。90年には『スプラッシュ』で第14回すばる文学賞を受賞し小説家デビュー。『すばる』で小説『女優』を連載中(全3回)。公開中の映画『めぐみへの誓い』で拉致の実行犯役を演じている。YouTube公式チャンネル『大鶴義丹の他力本願』も更新中。