私より上の年代の方とバイクの話をすると、必ず、映画『イージー・ライダー』(1969年)に話題は及ぶ。言わずと知れた名優ピーター・フォンダと、怪優デニス・ホッパーを世に知らしめた、アメリカン・ニューシネマの代表作だ。
ベトナム戦争に揺れるアメリカ、反体制的な2人の若者が、大型バイクで放浪の旅に出るというシンプルな話だが、そこに流れる痛烈な社会風刺が当時の若者を引き寄せたのは言うまでもない。
当時、この映画に影響されて、会社を辞めて「自分探し」の旅に出たというような方たちもいたと聞く。すごい話である。今の時代、人生の根幹を変えてしまうような映画などめったにない。
この作品に出てくるのが、チョッパースタイルに改造された「ハーレー・ダビッドソン」。
当時、日本はカミナリ族などが問題になっていたこともあり、暴走する若者の心、イコール、大型バイクという公式が一気にできあがったのだろう。
だが時代は昭和から平成、令和と一足飛びに進み、昨今の若者にとっての大型バイクはまったく別の存在である。
実際に若者たちと話をすると、昭和世代のようには、多くの若者が等しく大型のバイクに対して憧れを持っていない事実に驚いた。
「大きなバイクが欲しくないのか?」
私がそう尋ねると、なんとも不思議な答えが返ってきた。
「イキっているみたいで、カッコ悪いス」
つまり、無意味にイキがって、調子に乗っているようで、大型バイクは今の時代の若者には人気がないらしい。
その感覚は他の多くのことに及ぶ。不思議な時代である。若いうちにイキがっておかないで、その先、いつイキがるというのだろう。
だがバイク自体が若者に人気がないわけではなく、昨今は小型の250cc程度のバイクが若者に人気がある。
だが、決してヒエラルキー的に大型バイクがその先の目標であるというわけではない。無駄に目立たずに、コンパクトに便利な存在が求められているのだ。
実際、晴れた週末に高速のサービスエリアなどに行くと、大型バイクの集団をよく見かける。皆一様に、真っ黒なヘルメットに、厳ついレザージャケットなどを身にまとい、まるで世紀末アウトローのいで立ちだ。
いったいどんな「凶悪」な者たちなのだろうかと思うが、ヘルメットを脱ぐと普通のオッサンである。
私などもその中の1人であるが、まさにそれが、今の若者が感じる大型バイクに対する違和感の理由の一つなのかもしれない。その乖離(かいり)を理解しておくことは大事だ。
しかし、最終的には若者のイマドキの価値観なんて適当にあしらっておけばいい。『イージー・ライダー』に憧れ、昭和を大型バイクとともに駆け抜けてきた私たちには関係ない。
黒いヘルメットの中から「輝く頭皮」が出てくることになっても、ここまで乗り続けてきたのだから、残された人生は好き勝手にさせてもらうと言い放とう。
■大鶴義丹(おおつる・ぎたん) 1968年4月24日生まれ、東京都出身。俳優、小説家、映画監督。88年、映画『首都高速トライアル』で俳優デビュー。90年には『スプラッシュ』で第14回すばる文学賞を受賞し小説家デビュー。『すばる』で小説『女優』を連載中(全3回)。公開中の映画『めぐみへの誓い』で拉致の実行犯役を演じている。YouTube公式チャンネル『大鶴義丹の他力本願』も更新中。