映画『俺たちに明日はない』は、ボニーとクライドが強盗と殺人を繰り返しながら、愛の逃避行を続けるというアメリカン・ニューシネマの先駆的作品である。
映画的にも多くのタブーを覆し、カウンターカルチャーを支持する人々には『イージー・ライダー』と双璧をなす、不朽の名作であるのは言うまでもない。
私も二十歳そこそこの頃には、多くの者が通る道として、この映画にしびれた。2人の愛が本物であるならば、社会のすべてを犠牲にしてもよいと、青臭い思いに浸ったものだ。
しかし、今再び鑑賞すると、2人の愛は本物かもしれないが、その狂気に巻き込まれて殺された面々はたまったものではないと思った。
若かったときはそんな感想を持つことはなかったのに、まさにオッサンの感性丸出しの今現在である。
失われてしまった若い感性に思いをはせていると、とある若者に人気アニメで「炎上」騒ぎが起きているという話を聞いた。
簡単に説明すると、小型オートバイと青春を過ごす少女の物語において、その少女が交通違反を犯すシーンが問題になっているという。
一体全体どんなに激しい「暴走シーン」なのかと検索してみると、2人乗りのシーンで、「自動二輪免許取得後1年間は2人乗りが禁止」という道交法に違反しているというのだ。
物語的には、主人公は違反を理解していたが、あえて2人乗りをする。実に誰にでもある青春の一ページだ。
SNSの書き込みなどを見ると、大半のファンはフィクションとして楽しめばいいとおおらかに受け止めている。
この手はクレーマーの一種なので、相手にする必要はないとの意見も多かった。だが、警察のキャンペーンにも使われているアニメなのだから、問題になるのも仕方ないと意見もあった。
実際にその映像を見た私の感想としては、暴走族が主人公であるならいざ知らず、普通の少女の青春物語なので、確かにその「違反シーン」は少し引っかかる。だが、青春時代なんてそんなものでしょうと、スルーするのが普通の感覚だと思う。
クレーマートラブルでも同じだが、彼らは問題解決ではなく、その場のマウントを取ることが快感なだけである。
堂々と「フィクション」だと突っぱねない製作者にも問題がある。だが、スポンサー問題などもあり、あまり強くも出られないというジレンマもあるのだろう。
かつてはメディア王であったテレビまでが衰退しつつある、SNS全盛時代。自由な物語までが作りづらくなるとは誰が予想したであろうか。
SNSとは本来、文化的な自由や平和をもたらすツールとして生まれたはずだが、いつの間にか枷(かせ)ともなってしまった。
私としては、「砂粒」のようなことを気にしている暇があるならば、覇権意欲丸出しの中国に文句でも言えよ、と思うのだが、巨大過ぎる相手はスルーするのが、この手の彼らの特徴でもある。
■大鶴義丹(おおつる・ぎたん) 1968年4月24日生まれ、東京都出身。俳優、小説家、映画監督。88年、映画『首都高速トライアル』で俳優デビュー。90年には『スプラッシュ』で第14回すばる文学賞を受賞し小説家デビュー。『すばる』で小説『女優』を連載中(全3回)。公開中の映画『めぐみへの誓い』で拉致の実行犯役を演じている。YouTube公式チャンネル『大鶴義丹の他力本願』も更新中。