緊急事態宣言明け、なじみの居酒屋に1人で出向いた。前日から直接、店主に電話をして、店の隅にあるお気に入りのテーブルを予約した。
久しぶりのガチンコ飲みである。その日は万全の態勢で挑もうと、昼過ぎからスポーツジムで、サウナとランニングマシンで2キロ近い水分を放出した。
もちろん、そのまま脱水状態で酒を飲むのは肝臓に一番悪いので、運動後に水分はしっかりと補給済み。
開店5分前に店につくと、すでに顔見知りの常連客が店の前で立っていた。余計な言葉は交わさないが、この日を待っていたのは言うまでもない。
この日に1人で来たのには意味がある。
東京都の酒類提供の要件は「2人以内、午後7時まで、滞在時間は90分以内」とある。つまり90分一本勝負だ。
日本酒造青年協議会認定の「酒サムライ」であり、またホッピー本社公認の「ホッピー大使」というプロ呑み師である私としては、ペチャクチャとおしゃべりをして、記念すべき合法90分を無駄にするわけにはいかないのである。
店が開くと同時に、並んでいた常連客たちの表情に緊張が走る。
席に座ると同時に店主が黙って「大瓶」を持ってきた。プロ呑み師である私が通うこの店は、中央線で一番うまい瓶ビールを出す店なのだ。
瓶ビールの表面はうっすらと濡れている。言うまでもなく、瓶ビールは「水冷式」が必須だ。
だが、店主はその「水冷式」に、とある改造を施し、さらに瓶ビールのうま味を引き出しているという。
凍る寸前まで冷やされた小さめのコップに、ソムリエのごとく丁寧にビールを注ぐ。私は泡少なめが好きなので、その調整を他人には任せられない。だから普段から瓶ビールを注いでもらうことはしない。
久しぶりの「水冷式」の瓶ビールを一気に流し込む。うますぎて意味不明のうなり声を上げてしまった。
同様に店内のあちこちから「ヴッー」とか「アー」と聞こえてくる。皆思いは同じなのだろう。
菅義偉首相は下戸だという噂もある。確かに酒がなくても人間は死なない。また人生を振り返っても、大酒飲みよりも下戸が優秀な人生を歩んでいる気もする。“百薬の長”というのは大嘘で、逆に平均寿命は延びるであろう。
だが、今回の宣言下における酒類提供禁止という私権制限は、酒飲みの逆恨み以上に、私たちの心に多く「禍根」を残した。
酒うんぬんの次元を超えて、ほとんどの方が普段は意識することもない、「国家」の実像を見る結果となった。
酒1杯を飲ませないように、貯金が封鎖されたり、土地が没収されたり、戦争に駆り出されたりすることもあるのだろう。
■大鶴義丹(おおつる・ぎたん) 1968年4月24日生まれ、東京都出身。俳優、小説家、映画監督。88年、映画『首都高速トライアル』で俳優デビュー。90年には『スプラッシュ』で第14回すばる文学賞を受賞し小説家デビュー。YouTube公式チャンネル『大鶴義丹の他力本願』も更新中。舞台『BACK TO THE MEMORIES』が22~25日、大阪・COOL JAPANPARK OSAKA WWホールで上演。